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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

7月13日土曜日、晴れ

朱子学カルトのクソ企業は、だいたい次のような共通項がある。

  • 昭和型の持続不可能事業に「選択と集中」
  • 過去にあった再興の機会をバカなので取り逃がし
  • 雇用は不安定・薄給・酷使
  • 文句言えば陰湿に排除
  • イエスマン人間ロボのみ出世するネポティズムで士気低下
  • 事業延命の為に悪いことでもなんでもする体質
  • 巧言令色が蔓延
  • 下からの徹底した意味のサボタージュ

いまでもコモディティ化は良くないこととされるけど 、そういう考えはもう古いのではないかと最近思い始めている。

上述のようなクソ企業ほどいまでも高付加価値化や差別化のための差別化、巧言令色、すなわち個性やオリジナリティを大切にとか言って、世の中からどんどん置いていかれている気がする。不要な事業は不要だからこそ営業利益率が低いのであり、そんなもんを巧言令色で糊塗しても、持続可能にトランスフォームするはずがない。

コモディティ化は「市場に流通している商品がメーカーごとの個性を失い、消費者にとってはどこのメーカーの品を購入しても大差のない状態のこと」とされるけど、 これって実はとてもすばらしいことなんじゃないのかなと思うのである。

例えば Android のスマホは、もはやほとんど 製品に大差はない。 Apple じゃないとどうしてもダメな理由も もはやほとんどない。テレビにせよ洗濯機にせよ自動車にせよ、実態はどんどんとコモディティ化している。 これってまずいことなのかといえば 全然 困ることはない。むしろ大助かりなことばかり。

製品だけではなく 何かのアイデアや 意見についても、絶対にこの人の言うことだけが素晴らしい なんてことはもうほとんどない。 世の中にある、ありとあらゆる見識や意見が コモディティ化して フラット化している。

もっと言えば、世の中のありとあらゆるソリューションがコモディティ化している。 先行者利益はあっという間に短縮され無価値化される。 国家権力によって 長いこと独占されていた水道やプロパガンダなどのソリューションもなべてコモディティ化しつつあつある。

個性やオリジナリティが付加価値を持つ時代が、そもそも終わりつつあるのではないか。それは人間そのものがコモディティ化してきているからで、資本家からすれば、単なるコストとしてしか認識されなくなっているからである。

労働者としてコモディティ化しているのだから、消費者としてもコモディティ化するのはごく当たり前のことで、資本家は労働者に向かって「お前のかわりなんて腐るほどいる」とばかりに冷遇し始めているのだから、その資本家が消費者としての労働者に、付加価値なんて作れるわけがない。

つまり人間のロボット化が極度に進むと、消費者がいなくなってしまい、マーケティングやブランディングによって資本家が収奪する対象が消えてしまう。

この前米国のジョージ・ソロスなどの18人の富裕層が、もっと自分たちに課税してほしいとか意見広告みたいのを出していたけど、それは要するに、コモディティの先にあるのは市場の消滅だからで、私のような反社会人的毒虫からすると、コモディティしか選択肢のないしょぼい市場は超絶メシウマなのである。

私にとっては、OPPOのスマホとか本当に便利だし、ユニクロも大好き、ユニクロの敵がダークホース的にワークマンみたいなところが本当に痛快で、そのうちワークマンよりもっとコモディティな商品が出てくるだろう。デフレを脱却できないのは人間がコモディティ化しているからで、中間層がぶっちぎりで無価値化しつつある日本は、コモディティというディストピア先進国なのではないかと思う。オリジナリティとかクリエーティビティとかにこだわってる時点で世ズレしているので、これから昭和の既得権が急速に力を失うかもしれない。個性より無個性、オリジナリティよりコモディティに世の中は向かっている。