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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

7月6日土曜日、曇り

何か物を買おうとすると必ず消費税を取られる。消費税とは人頭税であり、泥棒。何か買い物をするために、これから必ず1割分、泥棒被害にあう。そう考えると何も買い物をしたくなくなる。こういう風にみんなも無意識に考えるから、経済がどんどん萎縮していく。誰だって、詐欺や泥棒にかすめ取られるのは嫌だもの。

そもそもお金なんて、普通の人類にとっては、まだたかだか数百年の歴史である。銭金の圏外に今からでも戻れないだろうか。お金がないと幸せになれない、そう思い込んでいるのは視野狭窄というものであってほしい。公営の農園を借りて野菜を作るのもささやかな税金逃れである。秋の収穫に向けてさつまいもを植えた。

Amazon で本を買うときはKindle の電子書籍を買えば消費税は取られていない。紙の本を買いたい時はメルカリで新古書を探す。メルカリで見つかれば消費税は取られない。と言っても本のほとんどは買わない。図書館で借りる。本当に手元に残したい本だけ、買うことにしている。消費でなんて幸福を感じてたまるか。これも「意味のサボタージュ」だと考えている。

私が育った家はガチの貧困層で、弟の誕生日にケーキを買う金が家になくて、両親は、母の姉に金を借りていた。おばさんの旦那さんがわざわざ夕方、家まで来て、お金を貸してくれた。

その後しばらくして、今度はそのおばさんの旦那さんが、家のテレビが壊れて、ローンを組んでテレビを買い換えたいから頭金を少し貸して欲しいと頼んできた。私の父はそれを断っていた。借りた誕生日ケーキ代に比べたら貸してくれと言われた金額が相当高かったのだろうけど、金に余裕がないと人間は偏狭になる。人間関係は壊れる。よくドラマで描かれる「お金がなくてもみんな幸せだった」という設定は大嘘である。お金がないから、心に余裕がなくて、人間はどこか人間らしさを失っていくのだ。

リーマンショックよりも半年以上前、岡山駅で当時19歳の少年が見ず知らずの会社員をホームから突き落として殺害した事件があった。

Wikipedia によれば、少年は、「ホーム下に人を落とせば、電車にはねられて死ぬ。人を殺せば刑務所に行ける。誰でもよかった」と供述した、とある。

少年は大阪府池田市内の高校に進学。高校時代の少年は成績優秀で、学校推薦で国立大学進学を希望していたが、家庭が学費を払えないことから進学を断念せざるを得なかった。家庭は阪神・淡路大震災で家を失っていた罹災者であり、父は大工であったが不況で大工の仕事が減り、約6年前に派遣社員になった。しかし、15歳上の少年の兄は私立大を卒業しており、少年は進学をあきらめきれず、高校卒業後に自力でお金をためようとしたが勉強時間を確保できるようなバイトが見つからなかった[1]。 少年の家族環境は、実父とは親子というよりも友達のような人間関係だったが、実父からの「好きなところに行って鍛えろ」と突き放すような一言が、少年を「殺人しかない」と追い込む絶望的な心境に追い詰めた。

「岡山駅突き落とし事件」Wikipediaより

リーマンショック前に、もう貧困は顕在化していた。1989年に始まった人頭税がこうやって弱い人々を窮地に追い込んだのだ。

私自身が貧しかったのでこのニュースに衝撃を受けた。私はたまたまバブル景気に大学入試が重なったので大学に行くことができただけで、私がこの少年かもしれなかった。

私は少年に関するあらゆる情報を集めて、少年の気持ちと自分の少年時代をできるだけ近づけて「隘路」という文章にしたことがある。

彼は「地方検察庁による簡易精神鑑定で広汎性発達障害と診断されたが、2009年6月17日、岡山地方裁判所は、少年に対して懲役5年以上10年以下の不定期刑を言い渡した。現在は佐賀少年刑務所にて服役中」とある。もう社会に戻ってきているかもしれない。現在の日本は、彼を包摂するだろうか。

あの事故から10年以上過ぎて、少年のような理不尽な困窮は、さらに増えていると思われる。

 

隘路


北新地駅まで一緒に来た脚のわるい父親を顧みず、少年は大阪駅前第二ビルに先にたどり着いた。考えていることを誰にも知られないために、彼は先週の高校卒業以来おし黙っていた。

いくつかの考えは、実際に知られては都合の悪いものに思えた。喉の奥が渇いて、二度と声が出ないかもしれないくらいじいっとして、少年は引き取り手のない家具のようになった。

父親は電車のなかで、黙り込む息子に「梅田で仕事さがしたら、ビルの地下で五百円の天丼でも食べよか…」と力なく言った。少年はうんともすんとも言わず、高利で金を貸す車内吊り広告と、過払いの利息を取り返す弁護士事務所の広告を交互にながめていた。何にでも金額を付けて息子に語りかける父親を、うとましく思っていた。三百円の牛丼、九十八円のカップうどん、千円の誕生日ケーキ…父親の語彙には生活の余剰たる抑制が乏しく、言葉はスポーツ紙の紙面とテレビジョンにあるだけだった。

「百万円はかかる大学への進学は、諦めてくれ」酔った父親は、数ヶ月前、小雨に掻き消されるほど小さな声で言った。少年は働いて金を用意して、自力で進学することを決めた。そう決めたら、卒業までの時間は、停止しているように感じた。年の離れた兄は奨学金制度を勧めたが、「結局は借金。父さんみたいに借金で苦労するのはいやだ」と弟は退けた。

ハローワークがある行き先階ボタンよりも先に、彼は「閉」ボタンを何度も強く押した。エレベータに乗り込もうとして小走りで駆け寄る背の低い野球帽の中年男を門前払いにして扉が閉まる。少年の一顧だにしない表情に、取り残された中年の虚ろな視線はエレベータ・ホールに泳いだ。

高校生活を終えたというのに、息子が学生服でハローワークに来たのは、この境遇に対する静かな抗議の意を込めたのかもしれないと父親は勘ぐったが、その疑念を少年には問わなかった。口に出す重たさを、親子はよく知っていた。口外しなければ、ないも同然なのだった。だからこそ、不意に言葉が吐露されることを、ひどく恐れた。一度吐きだされた言葉は、家にこびりついた生活の汚れのように、簡単には消えないものだった。

少年は、学生服は気楽でいいと思っていただけだった。学生という虚偽の身分に守られている安心もあった。学校では周りから「臭い、汚い」と言われ続けた日々が長かったから、いまでも学生服には強い消臭剤のにおいが染みついているのだった。このにおいは、外出時の鎧のようになっていた。

高校を出ても先のみえない少年が学ランをまとい、握りこぶしふたつを小刻みに震わせながらエレベータを上昇していた。父親が遅れてやって来るまでに、やけくそでもいいから仕事を決めてしまおう。狭苦しい家を出、誰も自分を見知らぬ大きな街で、住み込みの仕事さえ見つかれば、少年は生まれ変われる気がした。「貨幣とは、鋳造された自由である」──ドストエフスキーの言葉をぶつぶつ呟きながら、彼は職安のある十六階に到着するのを待った。