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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

6月30日日曜日、曇り時々雨

「もっといい奴が見つかったから、お前なんてもう要らない」と言われ、ある日とつぜん、住んでいたアパートを追い出されて、虚しさ溢れる荒地を独りさまよう。そういう人々が目に見えてくると、それはもう大不況であり世の中はディストピア、ディズマランド、ひどいことになっている。いまはまだはっきりと追放者が見えないだけで、会社が用意する社員寮にまだ住んではいるけど、雇い止めとなれば時限を切られて無慈悲に退去させられる。給料も止まるし、住む場所もなくなる。

2008年のリーマンショックのあと、そういう人が「年越し派遣村」など、急に目の前に立ち上がったように私には思えた。それは単に私が無知だっただけで、当時はもうかなりの労働者が、いわゆる非正規雇用にすり変わっていたのだ。2019年の今はあの頃よりも更に、雇用の流動化は進んでいるし、次にリーマンショック並みの事態となれば、突然の追放、窮地に陥ることについては、私も決して他人事ではない。

ギリギリで毎日なんとかやっている人々がどれくらいいるのか、正確な数は、なかなかわからない。日本の朱子学カルト社会は弱者に酷薄なので、自分の手はクビにかけないが、見殺しにはする。「見殺し」という言葉は英語にはない。困窮に陥るまで弱き人々はじっと耐え、デモをしたり、フランスみたいに暴動を起こしたりしないので、彼らの存在が、世の中に急に立ち上がるように見えたのは、そのせいかも知れない。

非正規雇用向けの社宅として大企業の下請けや孫請けの会社に指定されたサブリースのアパートにいま住んでいる人々の生活実態は、なかなか見えてこない。多くのアパートは手抜きでつくられているし、安普請なのに給料から固定費をさっ引かれる。そもそも指定されたアパートに住むことへの拒否権もない。言われた通りに、雇われている間はそこで寝起きするしかない。

大阪のG20をTwitterやネットでみてて思ったのは、日本にはもう競争力の高い輸出産業が殆ど何もないという現実である。外貨を稼ぐ飯の種がもうあんまりないから、相手にされない。日本と他の先進国の間にある貿易摩擦は、だから問題にされないレベルとなって、殆ど完全スルーだ。リーマンショック前はまだ、日本にはまだまだ競争優位の産業があるとまあ、騙されていた。あれから10年で、我々は優位にあるという立ち位置をごっそり失っている。

ということは、世界経済が次にリセッションを迎えた時の日本に及ぼす影響は、おそらくリーマンショックよりも何倍もひどいことになるのではないか、と予想できる。私も、レイオフされるかも知れない。解雇を免れたとしても、大幅に収入は減るだろう。

その日の到来を鮮烈にイメージしながら、いまを生きよう。必要なことは、「俺、既にもう社会人なんてとっくに辞めているんだよね〜」という自覚を持つことで、いまはただ潜在的な反時代的毒虫なのだという覚悟である。

既にもう帰属していないのだから、これから先どうなろうと知ったことではない。今はアウティングするのもめんどくさいからなりすましている訳で、非常事態となれば、なし崩し的に反時代的毒虫のまんま、生きていけばよいだけのことで、金のなかった昔みたいに生きていけばいい。貧民育ちは、貧しさにビビらない。

私は、消費税という名の人頭税を一円でも払わなくて済むように、消費を出来るだけしない生活をしている。消費税を掠め取られないように、新刊の本はメルカリで新古本を買って写メ自炊→メルカリで売ってしまうし、お気に入りの本はキンドルで買う。キンドルのような電子コンテンツは、消費税フリーである。

極論を言えば、リーマンショック級の不況で、名実ともに朱子学カルトから脱却できたとしたら、それはそれでかなり嬉しい。

どの道、サラリーマン芸術家、サラリーマン文化人、サラリーマン事業家、サラリーマンジャーナリストのどれもこれもに何の価値もないことがバレてきたから、要はサラリーマンそのものが無用階級なのであり、ゼロになにをかけてもゼロであり、遅かれ早かれみんなサラリーマンではなくなる。