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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

ショック・ドクトリン

近くに鉄道の幹線路があって、その線路の近くにものすごい巨大なタワマンが出来たのだけど、そのタワマンの工事が始まる少し前に、線路の真下にあるといっても過言ではない不法占拠っぽい住居が、強制的に退去させられた。

近くを通る度に、こんなめちゃくちゃ狭くてうるさい場所に狭小な掘っ建て小屋、いつまであるんだろうと訝しく思っていたんだけど、郵便受けもあるし、人が住んでいるのは明らかにわかった。できれば張り込んで、どんな人が住んでいるのか見届けたい気持ちにもなった。結構な頻度で朝から深夜、いや朝までずっと数々の鉄道が通過する大動脈である。よくこんなところに住んでいるなと感心した。

タワマン建設のせいで、あの掘っ建て小屋は追放されたのではないかと、今になると思う。戦後のどさくさで不法に居座っていたのかもしれないが、大手デベロッパーが本気になれば、かたぎのバラック一軒ごときの立ち退きや排除なぞ簡単であろう。

最近の凶悪犯罪と「こどおじ」「ひきこもり」をやたら結び付けて、あぶり出し、彼らは何をしでかすか分からない不穏当な存在と決め付ける風潮もまた、ある種の無意識な立ち退き、浄化運動である気がしてならない。

つまり、「こどおじ」「ひきこもり」を社会的な負の存在、「お荷物」として、排除しようとする運動に見えなくもない。彼ら氷河期世代を一斉に「更生」させるべく、人材派遣会社による市場原理の徹底がはかられようとしているのではないか?

ジェントリフィケーションという言葉がある。米国の都市部で、低所得層エリアだったものを弱者を強制追放して、地上げしてしまう行為である。地価の著しい高騰が見込まれる大都市では、先住の貧困層は再開発のために、追放され、もっと条件の悪いエリアに放擲されてしまう。

2005年8月、米国南部を巨大ハリケーン「カトリーナ」が襲ったあと、ハリケーンの悲劇を横目に、「低所得者公営住宅が一掃できた、これも神の御業」と、地元選出の共和党下院議員が狂喜したという。

こういうのを「ショック・ドクトリン」と呼ぶらしい。大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革という意味で、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン氏が著した本のタイトルである。

通り魔事件をきっかけに「こどおじ」や「ひきこもり」にマイナスイメージのレッテルを貼り、彼らを再教育、肉袋ロボ化(人生再設計第一世代)してしまおうという一種のショック・ドクトリンとして、機能しているのではないかと、疑ってしまうのだ。

また、シニア層の交通事故に関する最近の大騒ぎ、運輸行政もまた、一種のショック・ドクトリンなのではないかと勘ぐってしまう。シニア層の運転を危険なものとして一気に社会課題化して、より高性能な安全性能を装備した新車に一気に代替させてしまおうという魂胆なのではないか?

日本においてこのショック・ドクトリンが非難された契機は、おそらく東日本大地震からの復興において、ではないかと思う。

東北ショック・ドクトリン

東北の全ての復興がショック・ドクトリンというわけではもちろんないだろうが、大規模な災害に見舞われた人々が思考停止をしている間に、一気に市場原理によって、権力者に一方的に都合よく被災地を書き換えてしまう。

そんなショック・ドクトリンが、統治の常套手段、当たり前のやり方になってきているのが、現在の日本かもしれない。こわいこわい。