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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

逆境という学校で

ノートパソコンが最新型になってバッテリーの持ちがやたら良くなり、丸一日充電もなしで使えるようになったので、パソコンに向き合っているフリをして、写メ自炊した本のpdfファイルなんかもサクサク読めるようになった。

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

 

各界で活躍するいろんな人の「貧乏物語」を集めたもの。

「貧すれば鈍する」と言う。貧窮は人の知性も品性も劣化させるという意味である。しかし、「逆境という学校で(in the school of adversity )という英語の慣用句もある。

私は、逆境という学校のおかげで多くを学び、成長することができたと思っている。

(井上達夫)

金がなくても言葉は手に入る。読んだ言葉をたどっていけば思想になる。言葉は内製できる。現代では誰でもそれをインターネットで発信もできる。言葉を読んだり書いたりしていれば、時間はあっという間に過ぎていく。

この人と同じく、小さい頃家が貧しく、そろばん塾すらも月謝が払えず途中でやめさせられて、義務教育も補助金をもらって通っていた。

貧乏な家庭の子どもだけ補助金の書類を先生に提出するんだけど、それが嫌でいつも後回しにしていた。修学旅行も補助金で行った。昔のアルバムを見ると、旅行の時はいつも同じエメラルド色の一張羅シャツを着せられている。アルバムのポートレートはそのエメラルドの服ばかり着ている。

「逆境という学校」には「なぜ?」と「それで?」の二科目しかない。あらゆることに自問自答を繰り返していく「メタ化」(なぜ?)と、その逆にいまある答えをもとに解決策をブレイクダウンして考える「ソリューション化」(それで?)の二科目だけである。

特に誰から教わることもない、豊かな独習。この学校には別に卒業もないので、いつまでも逆境にいることができる。俺にとってはこの朱子学カルト社会に生きなければならないこともまた立派な逆境なのであり、無期限で続く学校みたいなものである。酒をやめることでだいぶ学習能力も高まった気がする。なんといっても、アルコールをゼロにすると、時間が増える。時間が増えると、暇になる。暇で退屈で、言葉を読み書き(聴き話し)する時間が増える。

逆境という学校が好きで、いつまでも留まっている。多忙より貧乏の方がいい。働いている間も、頭の片隅で従順を拒否して、関係性を拒んでばかりいる自分がいる。

貧乏には、経済的な貧しさのほかに「関係性の貧しさ」というものがあると思う。これは「責任」と表裏ですが、小説を書いて生きていくことを決めた話につながります。無制限な自由を享受するのではなく、ある限定性のなかで生きるというか、貧しく生きていくことを引き受ける、関係の貧しさも引き受ける、ということです。(佐伯一麦)