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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

キモくて金のないおっさんの生き方

【要点】

  • 野菜を育てる、育てた野菜を食う──言葉の要らない暇潰しとして最高
  • カネもかからないし、食事代も浮く
  • 20000年前のホモ・サピエンスは、カネも言葉も女もたいして重要ではなかった

このところの暑さで畑の野菜が急成長、食い切れないほどの葉物野菜を収穫。きゅうりも初収穫、今年の夏野菜は良さそうだ。野菜を育てる、育てた野菜を食う──言葉の要らない暇潰しとして最高に良い。カネもかからないし、食事代も浮く。

「キモくて金のないおっさん」にはウサギを配ってみると、「自分が社会からいなくなったら、ウサギの世話をする人がいなくなって、ウサギがかわいそう」ってことで、ウサギの世話をし続けるために社会に居続けてくれるんじゃないかと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか。

2ch創設者ひろゆき提言「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」

一見すると荒唐無稽な提言だけど、俺からするとウサギはアリだと思う。ウサギでも野菜でも、言語の介在しない対象との関係はそのまんま、世界との無力な関わりそのもの。

言葉、カネ、女は、人類の三大貨幣だと思うんだけど、「キモくて金のないおっさん」には、二つの生存戦略があると思う。今日はそのオルタナティブスを検討したい。

オプションA→言葉も捨ててノンバーバルに生きる

人類の三大貨幣を完全放棄してしまおう。言葉なんて所詮は動物としての雄叫びな訳で、こんなに言葉が重要視されるようになったのは農耕定住文化以降である。

20000年前のホモ・サピエンスの男性は、カネも言葉も女もたいして重要ではなかった。狩りさえ出来れば。現代はもう狩りすらできなくても死ぬことはない。生活保護がゲット出来れば、野菜を育てたり動物を可愛がって生きていけば、丸で問題ない。無料で読めるマンガやゲーム、Netflixなどのサブスクがあれば、楽しくやっていける。

近所付き合いとか全くどうでもよく、田舎暮らしとかでよく言われる地域に溶け込むみたいなこともどうでもいい。Amazonやユニクロがあればなんとかなるし、何人もこちらが一方的に溶け込む必要なんてない。しかし「溶け込む」という言葉は文科省ワードな超絶朱子学カルト。キモい。

オプションB→言葉を通じて死者と共に生きる

カネも女もなくても、図書館に行けば、言葉はいくらでも無料で手に入る。言葉があれば、哲学的に暇が潰せて良い。

今週の『ザ・ノンフィクション』はフィリピンで生きる二人の日本人を追いかけたノンフィクションだったけど、オプションAの人とBの人にくっきり分かれていて、対照的だった。タガログ語を必死に学んだ方の日本人は「自由」を何よりも重視する哲学的な人だったし、言葉もカネも女もないおっさんは、現地民からバカにされながらも猫にだけは好かれていた。このおっさんどっちにせよ、生き方としては全然ありだと思う。

『ザ・ノンフィクション』「日本には住めない」56歳男と「帰国できない」68歳男「黄昏れてフィリピン~借金から逃れた脱出老人~」(2019/05/27 18:56)|サイゾーウーマン

車谷長吉は、20代で無一物となり、言葉も捨てて放浪、40代後半に言葉に戻って私小説家となったので、言葉についてはアリとナシをあるタームで繰り返しても問題ないのかも。

このオプションのどっちにせよ、人間はどのみちひとりで生まれてきて、ひとりで死んでいくのであって、言葉もカネも女も、死んでしまえば何一つあの世に持っては行けない。言葉もカネも女も、20000年前のホモ・サピエンスからしてみれば、今よりはるかにどうでも良いものだったはずである。

「キモくて金のないおっさん」が、朱子学カルトから追い込まれて、無駄なテロ犯罪に走る必要なんて、まったくない。だらだらと、水のごとく生きていれば良いのである。ただし、アルコールには注意。水とアルコールは丸で別物。アルコールを飲んでると、ダウナーが行き過ぎて希死念慮が生まれて、テロに走りやすくなる。

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