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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

だらだらするのに忙しい

【要点】

  • 生きている人と死人の境目を重視しない 
  • 本は、人でもあり旅でもある
  • 仕事と遊びの境目を重視しない 

バブルのおかけ様で大学を出られて一番良かったと思うのは、一生その図書館を使っていいことだろうか。はやくここに一日中引きこもって毎日朝から晩までだらだらしたい。

平日も休日も同じ早朝に起きて、濃密にだらだらするのが楽しい。最近ではWorkflowyをバレットジャーナルとして使っていて、頗る便利である。

思いついたことを、ただひたすらテキストの箇条書きにしていくと、脳の活動がより効率的になる気がする。岡田斗司夫のスマートノートや、奥野宣之の百円ノート術、赤羽雄二のラピッド・ロギングなど優れたノート術のいいとこ取りをしている。 音声入力をメインに据えた手帳術は、できれば整理してブログにアップしたいと思っている。狂気もいかに音や文字にできるか。

我々の生は、半分は狂気、半分は知恵である。かしこまって几帳面にのみ書く人は半分以上を取り落としている。(モンテーニュ)

俺ぐらいの歳になると、朝小走りにどこかへ急いでる会社員らしき人を見かけると、気の毒な気持ちになる。彼はきっと、本人としては「急いでいる」と信じているのだろうけど、客観的に見れば「何者かによって急かされている」のが本当のところ。

自分の戦略に基づいて本当に急いでいる人と、誰かに使われて、急かされているだけの人の間には、いつのまにか大きな開きが生まれる。誰かに急かされるという隷属環境をなしにしていくことこそ、自由にだらだら生きることである。

もひとつ大切なのは、次のような境目を重視しないことだと思う。

①生きている人と死人の境目を重視しない

歳取ってから親友がいないことに気づくおっさんとか、すごい頭悪いなと思う。身の回りにいる生きている人々を重視し過ぎなのではないか。図書館に蓄えられている死んだ人のテキストを読むことだって十分、対話である。テキストだけじゃなく最近は映画だって音楽だってクラウドを通じて幾らでも触れ合える。

出口治明氏「メシ・風呂・寝る」から「人・本・旅」へ|WOMAN SMART|NIKKEI STYLE

本は、人でもあり旅でもある。親友がいない、とかリタイアしてやりがいがないとか腑抜けになっている老人は、もともと腑抜けなのである。

②仕事と遊びの境目を重視しない

仕事上のあらゆるごちゃごちゃうるさいことは極力スルーしている。そのスルー術を楽しむことも結構忙しくて、頭を使う。

ICレコーダー全録によって他人の話はほとんど実は聞いていないし、最近では電子メールなども、「自分にToが設定され」かつ「自分の固有名詞がタイトルや文中にある」メールしか読まないし、無駄な会議は逃げまくる。うざい人間関係を捨てて、市場調達するためにこそお金は使うべきだと思っているし、そうやって生きていて何か困ることなんてない。

俺は最近、何に忙しいかと言えば、だらだら生きることに忙しいのだ。毎日読む本や漫画を何にするか、映画は何をどの順番で観るか、手ぶら生活をさらに快適にするアイデア、この時代に総収入を増やす方法、他人に付け込まれない演技や戦略、ブログで何を垂れ流すか、睡眠の質の高め方、歯磨きの方法、サウナの楽しみ方、などなど。

③リアルと想像の境目を気にしない

毎日新聞のキャッチコピーが「事実へまっすぐ」みたいな内容なんだけど、世の中の情報に真実や事実があるという世界観そのものが、冷戦期的なまやかしに過ぎない。

第二次世界大戦後、民主制(人間の人間化)と工業化(人間のロボット化)が絶妙に噛み合い、たまたま数十年間は、支配層と中間層双方に都合の良い情報があたかも客観的真実や事実に思えただけであり、みんなが都合よく信じることのできる物語はもともと存在しない。だから事実かどうかにもはやほとんど価値はない。

それよりも、その情報が自分を良い方に変革するかどうかが重要なので、今更、真実を追いかけても楽しくならない。

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