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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

ソリューションのコモディティ化

【要点】

  • 文学フリマ──初版数百部とかならブログでいいんじゃね?
  • テクストは、無料だから読まれる時代へ
  • テクストはソリューションになった時点でコモディティとなり、面白くない

今日は7年ぶりくらいに「文学フリマ」に行ってみた。場所は前回行った時と同じTRC、東京モノレールの流通センター駅前の古ぼけたコンベンションホールで、10連休最後の日だからか、この会場だけに人がわらわらいて、周りはゴーストタウンみたいでそれが面白かった。

岡田斗司夫が最近の新書ユーチューバーが消滅する未来 2028年の世界を見抜く (PHP新書)で「リアルの小売書店が生き残るヒントは呉服屋にある」なぜなら「服、ファッションも一種の印刷コンテンツ」だからで、「書籍ももはや初版3000〜5000しかつくられないレアアイテム」なのだから、「リアルの小売書店も呉服屋みたいなレアアイテムショップととらえ直した方がいい」と書いていて、ほんとその通りだなと思う。

会場に入ってみると、7年前より規模がでかくなっていて驚いた。あと、昔に比べてコミケや二次創作の色が弱まっていて、テクスト作品の多様性が進み、よりロングテール化が進んでいるように感じた。

俺なぞは、明日からも毎日が死ぬまで10連休の連続なので、初版3000部とかならもうブログでいいんじゃね?  と思ってしまう。編集と打ち合わせしたり文字校したり、刷ったり売ったりするのもめんどくさいから、俺みたいに毎日だらだら垂れ流している方が、書く方も読む方もお互い楽なんじゃないか。

あと文字のメディアって、どんな氏素性の人が書いているのか、その「生身」性とかがかき消されてテクストだけするする吸い取ることができるのが文学のいいところなんだけど、こういう市場(いちば)の空間で書き手=売り手とリアルな場で否応無しに交わってしまうのは、抵抗がある。文学フリマって、本当は広大な自動販売機みたいな空間で書き手と読み手は触れ合わない方が全然楽しいのではないか、と思ってしまう。

いま世界は、あらゆるソリューションがコモディティ化しているので、余程の有名人じゃない限り、よくわからないテクストの刷りものに、値段なんてつかない。それは書き手の才能や能力とは関係なく、あらゆるソリューションがスーパーフラット化して、コモディティ化しているからである。

だから、文学フリマでバンバン売れる商品とは、端的にはその本を写メでアップしたら「映える」本だけだし、それはつまりメルカリに出せば買った値段より高く売れそうな本だけである。そういう意味でも、もはや本はファッション・アイテムと丸で同じなのである。

実際俺が買った本も、phaさんの『夜のこと』や、レンタルなんもしない人さんが「なんもしなかったレポート(ロング)」を載せている『でも、こぼれた』などのアイテムだけであり、phaさんもなんもしない人さんも「生身」性がすでに身バレしているから、逆に安心して買えるのである。

会場に行ってみると、phaさんはひとりでガチで店番していて、それを見ただけで文フリに来た甲斐があったし、『でも、こぼれた』の販売ブースの近くで本当になんもしていないレンタルなんもしない人さんを見れただけで、いい連休最終日だなあ、となるのだった。

本はどんどんレアなアイテムになっていくだろう。テクストは、プライシングの決定権が120%読み手にあり、その結果としてほとんどが無料だからこそ、読まれる時代へとどんどん突き進んでいくだろう。だから俺のブログは、‪端から‬アドセンスも入れないし、noteで有料にしたりもしないし、出版マネタイズしたりする気も丸でない。レンタルなんもしない人が、レンタルのフィーで飯を食うのではなく、貸し手のその体験そのもので生きていくのと完全に相似形で、ものを書く人は、テクストで飯を食うのではなく、書き手のその体験そのもので生きていく。

テクストは売り手によって有料のソリューションになった時点で、スーパーの特売トイレットペーパーや、もやしや、生卵と同じコモディティ商品となり、もはや全然面白くなくなる。プライシング権が完全に買い手にあるのがこれからのサービス産業ではないか。

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