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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

オッサンはなぜダメか

【要点】

  • 「無料が当たり前」なことがわからない 
  • 「非同期が当たり前」なことがわからない
  • 「自律分散が当たり前」なことがわからない 

……昨日に引き続き、いまの団塊世代とかバブル世代はどのあたりが具体的にクソなのかを考察したい。次のようなことが丸でわかっていないオッサンが矢鱈多い印象。ちゃんとわかってるのは、全体の2割もいない気がする。

①「無料が当たり前」なことがわからない

アトムで出来ているものは限りなく原価に近づくし、ビットで出来ているものは無料に限りなく近づく。

これは岡田斗司夫の名言だけれど、老害の皆さんはまずこのことが芯から分かっていない。ものづくりに重きを置きすぎて、発注企業だけがトクをする古いシステムを変えられないのは、アトムで出来ているものは限りなく原価に近づくという事実をいつまでも否認しているからである。日米戦でいつまでも戦艦決戦にこだわったり、刀による白兵戦を美化したりするのとまるで同じ。

日本人は、未だにお金を米だと思っているから、クルマやエレキみたいな製造物をお金だと信じて疑わない。

仮にアトムでは儲からないとようやっと彼らが気づいたとしても、ビットはもっと儲からないという不都合な事実をまた否認する。例えばクルマを売るのではなく、クルマを貸し借りするプラットフォームで儲けるとか言い出しても、クルマ製造ラインを止める訳にはいかないから、利益相反となり、どちらも早晩行き詰まる。

100年前に馬車屋が自動車メーカーになれなかったように、製造業がプラットフォーマーになるのは無理。せいぜいが富裕層向けの高級車か、底辺向けのコモディティ製品をつくって売る縮小均衡事業で生きのびるしかない。

②「非同期が当たり前」なことがわからない

やたらと面着打ち合わせや電話を重んじるのも産廃世代の特徴で、非同期を極度に恐れる。偉い人には直接会わないと失礼だと早ガッテン。

テレビや新聞なども要は同期メディアでしかなく、若い世代はテレビなんぞ「途中から始まる使えないメディア・コンテンツ」としか認識していない。非同期視聴のYouTubeに比べるとテレビは単なる不便なコンテンツでしかないのだ。

新聞の権威とやらを振りかざす世論(プレスマンスプレイニング)も丸で力を失っており、そもそも上から一方的に偉そうにものを言う態度自体が、下々から忌み嫌われている。同期に価値があるのは、強い一回性が統率や結束の強い効果を生む時だけ。そのことがわかっていないので、同期を調整している間にムダな時間ばかりが過ぎてチャンスを逃す。

③「自律分散が当たり前」なことがわからない

あらゆるものが等価値化、スーパーフラット化している事態を、ジャンク&ジャンキー世代は腹では全然飲み込めず、自分が無価値なことに耐え難き屈辱を感じて、世界に敵対的になってしまう。自分が粗末に扱われるのは自分がゴミだからであると同時に、他人もまたゴミだからなのだが、そのことがわからなくてオッサンは傷ついて、途方に暮れる。

あらゆるヒラエルキーにもはや秩序だった価値付けはなされないし、未来だから凄いとか古典だから素晴らしいといった時間軸も丸で無意味になりつつある。万葉集や渋沢栄一が素晴らしいという考えは完全に無意味なのだけれど、ヒエラルキーに依存してしまう人にとっては、伝統とかイノベーションそのものを価値であると信じないと自分が崩壊してしまう人が沢山いる。

裏を返せば、オッサンがまともに生きるためには、無料化OK、非同期OK、自律分散OKで生きないとダメなんじゃないか。知らんけど。

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