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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

ドラッグをやめるための世界認識とは?

【要点】

  • 麻薬はすべて、人間の尊厳を奪うもの
  • 人間が人間を機械のように使うロボット化が背景にある
  • ドラッグは「人間を機械化するロボット化」からの逃避にも、強化にも、利用されてきた

この「お酒」を「コカイン」に置き換えてもぜんぜん成立するのではないか。

「良い」というのは、legalではなく、something valuableみたいな意味だけど、からだやこころが「欲しがる」ということは、その物質を「良い」と認識しているということである。

そしてこの「良い」と感じることをなくさない限り、アルコールにせよ覚醒剤にせよコカインにせよ、やめることは出来ない。

麻薬への依存から立ち直ろうとしている人が、口を揃えて言う「油断すれば依存状態にいつでも転がり戻ってしまう」という懸念、恐怖は、そのまんま麻薬は「良いものだ」という認識から心根では抜け出せないことへの苦悩と同義である。

「麻薬は良いものだ」を抱えたまんまアルコールやコカインを我慢することは、地獄である。毎日毎日が辛くなるのも当然である。「その一日ノードラッグでいること」に物凄いエネルギーが必要になる。

俺が思うことは、依存からの回復に必要なのは根性や気合いではなく「合理的思考」だけだということ。「アルコールなどの麻薬はすべて、人間の尊厳を奪うものなので要らない」というシンプルな事実を腹落ちさせることである。

「人間が尊厳を奪われる」とはなんだろうか? 端的には奴隷化、動物化である。いま世の中では「機械を人間のようにするロボット化①」にばかり関心が高まっているけれど、実は深刻なのはこれと真逆の動き、つまり「人間を機械のようにするロボット化②」である。

②のロボット化起源は、人類が農耕を始めた頃だと思われる。富を蓄積するために、農耕の生産性を高める為に、人間が人間を機械のように使う技術が洗練されて行った。

農業から工業への移行は、人間を機械のように使うという意味では連続することであって、そんなに抵抗はなかった。国民国家とは、人間を機械のようにするロボット化を目的とした巨大ヒエラルキーだろう。

アルコールやドラッグは、この「人間のロボット化」からの逃避手段として用いられてきた。例えば米国におけるヒッピー文化とは、ドラッグやコンピュータによって、この機械化に反抗しようとしたムーブメントである。

翻って日本では、アルコールやドラッグは、「人間をロボット化」する為の手段として用いられてきたのではないか──朱子学カルトが、そのカルト支配を強化するためのツールとして、アルコールという安価なドラッグが組織的に集団投薬されてきた。

神風特攻隊は出発前に、酒とヒロポンを打ち込まれていたし、企業などの酒席では戦前戦中戦後を問わず、極めて大量かつ高頻度のアルコールが打ち込まれてきた。

「自動機械化」からの逃避にも、「自動機械化」の強化にも用いられることが、ドラッグの両義的悪魔性であり、「逃避」にも「強化」にも役立つことこそが、「ドラッグは良いもの、楽しいもののはずだ」と思い込む真因ではないか。

500年以上続く「人間のBOT化」への強化にも逃避にも利用されてきたものが、麻薬の正体であろう。そこら辺まで理解できれば、ドラッグからさすがに自由になれるのではないか。

 

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