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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

ルソーの森へ帰ろう

【要点】

  • 撤収を完全完了している俺からすると、殿から零れ落ちてくる意見のない思考停止人間は不気味

  • ルソー的な森を悠然とさまよえるようになると、しょうもない殿戦には駆り出されなくなる

  • なにせこの森には産業も言葉も戦争も連帯もないのだから

無理ゲーやクソゲーの無限ループ朱子学カルトなのに意見も言わず、かと言って出ていきもしないで、必敗の殿戦をなすりつけられる人間ってなんなんだろ。

死んだ魚の目をした朱子学カルト末端社会人はなぜ、反対意見も言わず、かと言って出ていくこともせず、低賃金を甘んじて受け入れて、潰し合いに加担していることにさえ無自覚なのだろう。

イーストウッドの『硫黄島からの手紙』では栗林忠道は、親米的で潔い軍人として美しく描かれているけど、俺の彼への解釈は少し違っていて、彼は駐米経験を持ち、米国の文化や実力を熟知しながら中枢権力に意見も言わず、かと言って脱出することもしなかったからこそ、戦況著しく劣化する玉砕必定の殿戦に駆り出されてしまったのではないか。エリートとして、丸で潔くなかったのではないか。彼は結句、最高指揮官として硫黄島に着任してから一度も島の外に出ることなく、戦死した。

NECとか富士通で大規模な希望退職という名のリストラが進んでいるみたいだけど、硫黄島死守のお題目、単なる殿戦に駆り出された人達と彼らの構造は変わらない気がする。まともな意見を持たないから抜け出せず、とうに起死回生のチャンスを逃して、最後は外圧でところてん式にデスマーチ殿戦に強制参入させられてしまう。

いい歳した元NECや富士通のおっさんを喜んで再雇用する人は皆無だろうから、上積みの退職金なんて焼け石に水だろう。俺みたいに撤収を完全完了している人間からすると、意見のない思考停止人間はどこか不気味である。戦略もないまんま、じっとしていることが俺には怖い。「ここを辞めたら後がない」と無根拠に思い込んで、オワコン組織を捨てることも出来ずに立ち尽くしている。

酒を飲まなくなると組織や社会の共同幻想に丸で頓着しなくなり、朱子学カルトにはものも言わずに、そっと見限り、自由の身となって勝手に幽体離脱して外へ出て、存在しなくなることができるようになる。すると意外なことに、そっといなくなったことはあまり誰にも認識されておらず、こちらやあちらの必要なタイミングで「まだここにいるフリ」も再参入すらもできるし、どうでもいいと端から捨てていることからかえって殿戦部隊と表面上は良好な関係を成立させる奇妙な平安すら得られるのだ。

朱子学カルトが賞味期限切れの共同幻想であることに気づくことで、しょうもない殿戦での犬死を逃れることができる。つまり「無用の用」である。

学校教育という「サティアン」に幼少からぶち込まれて、ひたすら寡黙を強要されるうちにアルコールを大量にODされ、50歳くらいで死人同然となっている哀れな人間が多いけれど、俺の場合はアルコールを拒絶することによって、ルソー的な原始の森に立ち戻ることができた。

 森をさまよう彼には産業も、言葉も、家も、戦争も連帯もなく、仲間の必要もなく、同じく仲間を傷つけようとすることもない。(ルソー『人間不平等起源論』)

この森を悠然とさまよえるようになると、しょうもない殿戦に駆り出されなくなる。なにせこの森には、産業も言葉も戦争も連帯もないのだから。