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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

生きる意味も持たない自由

【要点】

  • 俺は会社を辞めたいとも、いつか辞めてやるとも思っておらず、既にもう辞めている
  • オピニオンはあるけど、誰かの意見なんて丸で聴こうと思ってない
  • 多くのホモ・サピエンスが悩む必要のないことで悩んでいるのではないか

去年の今頃はインフルエンザで倒れてたんだけど、本当に一年経つのははやいなあと思う。インフルになると会社に行かなくていいので最高だし、異物との戦いも視点を変えればデトックス。インフルになると無条件で仕事しなくて良いので、ああ俺なんていなくても社会はびた一文困らないんだなあ、ということがリアルに実感できるのも最高。そもそも俺は会社を辞めたいとも、いつか辞めてやるとも思っておらず、既にもう辞めているので、気楽なものである。

インフルから一年後も日々適当に生きていて、豆乳鍋を豆板醤で食べることが無上の喜びなのである。世の中はセンスメイキングのできないおじさんばかりだけれど、俺は俺のセンスメイキングができていれば問題ないわけで、毎日が本当に楽しい。新聞も雑誌もテレビもスルーして、ひたすらエコーチェンバーのなかにいるけど、2万年前の初老のホモ・サピエンスだってそれくらいのスモールワールドをさまよってたわけで、何百人~何億人もの有象無象ホモ・サピエンスの集団と、自分が折り合いをつけようとしたりうまくやる必要なぞ端からないのである。

「では、繁殖もしないし、生きる意味も持たない私らの自由に乾杯!」高村薫

朱子学カルトから隔離された世界をのうのうと生きる楽しみよ。オピニオンはあるけど、それを誰かに押し付ける気なんてないし、そもそも誰かにオピニオンを求められる機会なんてほとんどないし、こちらもまた誰かの意見なんて丸で聴こうと思ってなかったりする。

俺の場合、もう死んでしまっている人が文字で残しているオピニオンは聴くのだけれど、その傾聴によって影響を受けた自分の意見を、では誰かに伝えるかといえぼそんなことはほとんどしない。古典などは、飴玉をしゃぶるようなもので、読み終わればそれでもうおしまいなのである。

最近のお気に入りは、青空文庫の古典を片っ端からKindleでダウンロードして、それをFIRE HD 8で音声読み上げしたものを、耳から読書する行為である。古典を音で聴くとなぜかするする入ってくる。彼らは音とリズムを重視してものを書いていたんだなあと気づく。

その古典を書いた人々もまさか自分がカリカリ手で「掻いた」文字が、2019年に自動音声で朗読されて、現代人が耳からそれを音でインプットしているのをみたら、度肝を抜くのではないか。iPhone Xで古典を聴く為に、読み上げ速度を変えられるアプリを使って1.5倍速にして、ドストエフスキーやら坂口安吾やら川崎長太郎やらを聴いている。

腹が減ったら飯を喰い、眠くなったら眠る。退屈になったら本を読んで、Amazonプライムで映画を観る。これくらいで暇な時間は全然残らないので、それ以上の面倒なことは特に何もしようとしていない。

いまのこの状態は、俺が中学生の頃に酷似していて、学校の替りに会社があるような状態だけど、学校に比べたら会社の方が、テストもないし、教師もいないし、厳しい規則もないし全然楽だ。なんでもそうだけど、ものは考えようで多くのホモ・サピエンスが本来丸で悩む必要のないことで、ぐだぐだ悩んでいるのではないかと思う。