kindle, 手ぶら, iPhone, 禁酒,ウォーキング,禁煙,断酒,ダイエット,断酒,ノンアルコール,Evernote,ライフハック,読書.音声入力

徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

酒はあなたを三度殺す

【要点】

  • アルコールから自由になると、野生の動物としての自由を生きられるようになる。
  • それは2万年前の人間と同じ自由である。
  • 偉いやつと酒なんてもう飲まない。

スキージャンプの「鳥人」ニッカネンが55歳で死去との報。死因は不明だが、どうやらアルコール依存と戦っていたらしい。一般的にはアルコール依存の蟻地獄に嵌ると、50代で肝臓病か、自殺を含む不慮の事故で死んでしまう。

アルコールは人間を二度殺す。一度目は野生の動物としての若さを殺し、あなたから挑戦する魂を根こそぎ抜き取る。そして二度目は輝きを失ったその「生きる屍」の文字通り息の根を止める。

俳優の新井浩文容疑者も酒に酔っての強制性交だったと報じられているけど、野生の動物としての若さを失った人間はどうしても歯止めが効かなくなって犯罪をやらかしてしまい、結果として社会からも抹殺されてしまうことを考えると、酒は人間を二度ではなく三度殺すと言うべきなのかもしれない。自由を殺し、社会性を殺し、生存を殺す。

思考停止の朱子学カルトを尻目に俺はアルコールゼロで生きて、ものを考える楽しさを日々謳歌している。アルコールから自由になると、野生の動物としての自由を生きられるようになる。それは2万年前の人間と同じ自由である。社会から抹殺されるのではなく、こちらから社会を抹殺する痛快。

 森をさまよう彼には産業も、言葉も、家も、戦争も連帯もなく、仲間の必要もなく、同じく仲間を傷つけようとすることもない。(ルソー『人間不平等起源論』)

今日から春なので、朝の散歩と通勤を合体、「出勤とは、自宅から最寄駅までの散歩」と捉えている。俺にとっては、通勤電車に乗るのは「出勤後」の移動に過ぎない。シカゴとか仁川みたいなハブ空港のなかを、好き勝手に広々と使い倒すイメージ。トム・ハンクスの「ターミナル」っていう映画みたいな気分で、平日は生きている。

この働き方を「ピボット」pivotと名付けている。オフィスを中心点として自宅からの最寄駅を含むエリアを悠然と旋回しながら、スマホを基本ツールとして働くイメージ。昼休みなどの暇な時間は都営まるごときっぷを使って、気の向くままにバスや地下鉄でオフィス周辺を漂う。それでまったく困らない。いい時代になったもんだ。

インターネットの普及によって情報の非対称性がどんどんなくなって、しょうもない権力が終焉して、その会社にただ長くいるというだけで、偉そうにマイクロマネジメントをしたり、相互監視させたりすることがどんどん出来にくくなっている。この変化を味方につけて、理不尽な不平等を全部スルーして、野生の動物としての自由を謳歌できる時代になってきた。超絶メシウマ。

官僚制から自由になると、ほんとにアルコールなんて全然要らない。偉いやつと酒なんてもう飲まない。意味ない。っていうかそもそも先に生まれたからって偉いなんてことは、全然ない。「オレサマの酒が飲めないってのか!?」「はい、飲めません!」以上終了である。

 ちょっとしたストレスや、本当は自分を鍛えるためには手頃なプレッシャーや、実際には自力で乗り越えられる障壁を感じるたびに酒を求めるようになり、やがて酒を飲むための口実として実際には些細な問題を拡大解釈するようになり、酒に導かれなければきょうもあしたも生きてゆかれないほどになります。

人生は試練の場であり、闘いの連続であり、そのひとつひとつに勝ち抜き、たとえ敗れたとしても立ち上がれるというすばらしい資質がどの命にも平等に具わっています。難関に挑むことにこそ生きる意味と生きる醍醐味があり、もしかすると、本当はそれ以外に何もないのかもしれません。どこまで自分が自分でありつづけることを可能たらしめたかが、人生の究極の目的なのかもしれません。そうした存在者としての基盤をまるごと奪ってしまうのが酒なのです。世間は酒にやられてしまって身動きが取れなくなった人々であふれています。

(「あなたの若さを殺す敵」丸山健二)