kindle, 手ぶら, iPhone, 禁酒,ウォーキング,禁煙,断酒,ダイエット,断酒,ノンアルコール,Evernote,ライフハック,読書.音声入力

徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

言質を与えない基本的な方法

【要点】

  • 取れるデータは全て取るのに対して、与えるデータは極小化したい。

  • 一般論と前置きしながら、その後に続く内容は一般論でなくても全然よい。  

  • 相手に意見を求めてくる人間は、何らかの言質を引き出そうとしている可能性が高く、クリンチ技はどんどん使えばいい。

「国連」とか「北方領土」とかは、敗戦の事実を忘却させるための虚構用語でしかない。オリンピックとは、自由の女神とおんなじで、フランスが自由・平等・友愛という価値を共にする国家や都市への「贈与」なのであって、「経済」ではない。敗戦後の日本は、政財官学なべて歴史に関する熟慮が丸でないので、また五輪や万博をやりさえすれば国民国家の「経済」が上向くと盲信している。愚者は経験にしか学ばず、賢者は歴史に学ぶ。戦後の日本人はこの点において底なしの愚者である。

いま話題のJOC会長は、日本ボクシング連盟山根会長よりも遥かに長く(2001年〜)JOC会長をしているけれど、ちなみに彼の父は、あの731部隊を指揮した華族軍人である。ここに、戦前戦中戦後と綿々と続く日本の「陳腐な悪」がすべて現れている気がしてならない。

さて俺は、いつでも言質をいかに与えないか?  を考えている。ICレコーダで全てを録音して、先方の言葉は漏れることなくデータ収集している一方で、こちとらの言葉やデータは最小限度にとどめておきたい。それが情報戦略の根本である。取れるデータは全て取るのに対して、与えるデータは極小化したい。後々残る文書や電子メールは極力避けるのが賢明だが、いまや対面の会談でさえも録音されていると考えた方が良い。その前提に立って、いかにして最小限の言質にするか、3つの骨法を紹介する。

まず第1の法則として、とにかく一般論に終始することである。「あくまで一般論ではあるけれど」という枕詞をとにかくあらゆる発言の前にくっつける。一般論と前置きしながら、その後に続く内容は一般論でなくても全然よい。どんな発言であれなべて一般論とするのがポイント。よく「個人的意見だけど」という前置きをする人がいるけれど、個人的意見はある種の当たり前なので、言質とみなされた時に抗弁がしにくい。特定個人や特定事案に限定していないことが重要である。

2つ目の法則は、両論の併記である。ポジとネガ、陰と陽の両面に言及することで、言質を避ける。真の意見は後半に持ってくれば、ある程度の意向を示しつつもニュートラルな言説のフリをすることができる。「良くも悪くも」とか「どちらなのかはさておき」といった前置きを散りばめて煙に巻こう。

3つ目の法則は推論の多用である。つまり慎重に断定を避けて、「~と思います」とか「~なのではないでしょうか」といった弱い推論で会話を埋め尽くす。ご飯論法専門の朱子学カルトにまともに向き合って、こちらが断定などするだけアホくさいのである。

推論すらだるいな、という時には、「その点については十分な意見を持つに至らないのでわかりません」というスタンスも有効である。相手に意見を求めてくる人間は、何らかの言質を引き出そうとしている可能性が高く、クリンチ技はどんどん使えばいい。

ぼくは人間に興味を持っておらず、むしろそれを嫌っていて、人間に兄弟愛を抱いたことはなく、人類をさらに小さい枠に区切って、たとえばフランス人とか、かつての同僚などに限定したとしても、厭な気分になるだけだった。しかしながら、不愉快ではあったが、ぼくは、その人類なるものがぼくに似通っていて、まさにそれが故にぼくは逃げ出したい気持ちになることを認めざるを得なかった。(『服従』ミシェル・ウエルベック)