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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

社会との関与を下げる

【要点】

  • クルマの運転そのものが、そもそも割りに合わないのではないか。 
  • 人間は人間が好きではない。 人間は社会をつくりたくない。 
  • にもかかわらず人間は現実には社会をつくる。

2018年もあっという間に終わる。酒を飲まなくなって随分経つけど時間経過がめちゃくちゃはやくなった。イマココを生きている充実感がみなぎる。社会はどんどんクソ化しているけれど、オレはどんどん良くなってる。このギャップの開きが最高。テレビ、アルコール、朱子学カルトの日本三大ドラッグから自由になると、社会との関与が自ずとぐーんと下がる。これはほとんど日本に住んでいない状態に近づいている。

「東名あおり運転」に懲役18年の実刑判決。俺に言わせれば、自動車を運転する「交通社会」なんて、関わってもいいこと何一つない。運転は究極のシングルタスク。人生に必要なシングルタスクは睡眠だけ、というのが俺のモットーである。

クルマの運転なんぞ、死と隣り合わせの危険な奴隷労働に過ぎず、かなりの割合で運転者はアルコールの飲み過ぎで睡眠障害を抱えており、落ち度がなくても不慮の事故を喰らうリスクも相当高い。クルマの運転そのものが、そもそも割りに合わないのではないか。「運転が自由だ」なんて資本家や国民国家による単なるプロパガンダである。

「東名あおり運転」トラブルは、パーキングエリアで被害者が容疑者に『邪魔やボケ』とオラついたことがトリガーになったようだけど、クルマの運転くらいでオラついてしまうくらい、ホモ・サピエンスの内面は、理性による抑制の効かない凶暴なものなのだということである。クルマの運転者どうしのトラブルは当たり前のように個人のマナー問題に還元されるけど、そんなのは嘘で、本当は、高速移動は人類の凶暴さを露わにさせる。高速移動で死を感じて、興奮してしまうから、些細なことでもオラついてしまうのだ。これは個人差よりも、いわゆる「ヒューマン・ユニバーサルズ」(人間の本性)なのである。

ホモ・サピエンスとは、銃で他人を撃ち殺せば快感で興奮してしまう生き物だし、クルマを走らせればオラついてしまう、生来、底なしに野蛮な動物なのである。宗教とは、その「ヒューマン・ユニバーサルズ」の野蛮さを克服しようとした人類の挑戦である。

人間が凶暴さを帯びるリスクの高い場所にのこのこ存在しないことこそ、最大の防御である。

酔って歌舞伎町をふらつくことも、終電に無理やり乗ろうとすることも、クルマを運転することも、凶暴なる人間と関与することでしかない。社会との関与を下げることで安穏と生きていく。

「実害なければなべてスルー」の精神がたいせつである。正義を示そうとかあいつの良くないところを正してやろうとか、俺はいっさい思わない。他人には目をかけず、組織には腹で背き、仕事には心を込めない。会社員社会にも、クルマ社会にも、酔っ払い社会にもいっさい関わらなければ、こちらが損害を被ることはない。

社会とか世の中に価値があるという考え方そのものが、国民国家や資本家によって都合の良い収奪的なプロパガンダでしかない。

人間は人間が好きではない。人間は社会をつくりたくない。にもかかわらず人間は現実には社会をつくる。言い換えれば、公共性など誰ももちたくないのだが、にもかかわらず公共性を持つ。(東浩紀『観光客の哲学』)