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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

言行一致という罠

心の中で決めていることをわざわざ言葉にして、それを他人に言質として与える必要なんて全くないのである。

考えていることを口頭で表明、説明する必要なんてまるでないし、ましてや書き言葉で他者に差し出す必要なんて全然ないのである。言質を取られることそのものが、農耕文明の「契約」なのである。昔であれば書き言葉は書面と限られていたが、あらゆる書き言葉がウェブサイトに上がる現代では、書き言葉の言質とは、永遠に消えることのない凶器である。

言行一致という価値観は、支配層が被支配層をコントロールする為に押し付けた「常識」でしかない。正直であれとか有言実行は素晴らしいとかは、人を言質で支配する為の洗脳に過ぎないのだ。

「思っていることを言葉にして、それを実行しなさい」と誰かに命令して都合の良いセグメントは、一方的に権力サイドである。言行一致とは、単なる支配の命令なのである。

だから、決めたことを誰かに宣言する必要などない。心の中で決めたことが決めたことであり、それを社会的にあるいは他者に、文字によって伝達して手続きを経る必要なんて全くないのだ。言葉とか言質というものは、自分が不利になるような局面で何ひとつに必要ない。黙秘の自由である。

だから俺は、自分の言質は可能な限り誰にも与えずに、逆に他者からの言質は最大限確保する。自分から他人に与えるいかなるデジタル情報(つまり言葉)は、自分をなんらかの形で拘束するものなので、とにかく言語化しないという冷徹な決意を持って生きている。

言質など全く要らない。心の中で決め、自分自身に対して宣言すればもうそれが決定事項である。例えば、仮にこんなことだ。実はもう会社をやめている事実はとっくに確定しているけど、それを誰にも言っていないが故に、やめているにもかかわらず給料を貰える。配偶者もまさか会社を辞めていると認識していないのは、自分以外の誰にも言質を与えていないだけで、本当はこの世界の真理としては、とっくに会社員など辞めているのである。

言語化しなければ行動してはならない、というのは嘘である。もともと人類は言葉なしに、自由に行動していた。行動を言葉で縛るようになったのは人類史のつい最近のことでしかない。

インターネットが普及して、言葉がますます行動を束縛するようになってきた。だからこそ、言行の不一致を意識して、言葉と行動を切り離して生きていく方が賢い。

何でも言葉にして、行動と一致させろという考えを捨てるのだ。行動の前に言語にしなければいけないという強迫観念自体が間違いであり、洗脳であり、嘘である。

言行不一致こそが戦略。行動を先んじても後からいくらでも言語になんてできるので、とにかく言語と行動は一致してなくて当たり前、行動と言葉を紐付ける必要なんて全くないし、言語が行動を縛る必要も全くない。

文明、即ち「文で明らかにする」とは、人類にとって支配の罠なのである。

我、誰にも、何ものにも属さず(エラスムス)