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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

二重の責め苦

10年近く使ったドライヤーが壊れたので、家電量販店でダイソンのドライヤーを買った。ダイソン指名買い。一応横に置いてあるパナソニックのものと比較するけど、ダイソンの買わせる力は圧倒的である。ダイソンは店頭でもドレッサーの様子を再現していて、商品の特長やパフォーマンスをしっかり伝えようとする意図がちゃんと伝わってくる。

他方、ダイソンのすぐ隣にあるパナソニックのドライヤーも派手にデモンストレーションされていたけど、そこには女性タレントが大きく目立っており、しかもその横でパナソニック製品購入者に対するくじ引き大会をやっていて、二万円以上買ってくじに当たるとミッキーマウスのオリジナルグッズがもらえるプロモーションをやっていた。

イマドキ中間層向けに中途半端なゾーンの商品を売るのって、すごく難しい。ダイソンのドライヤーは5万円近くする。それに比べればパナソニックのハイエンド品は安いけど、ドライヤーって安いものなら数千円から売っているわけで、「髪を健康にする」みたいな謎の付加価値のついた中途半端な「高級品」を買うセグメントに、もうあまりお客さんはいないのである。しかも人気女優へのギャラや、ミッキーマウスグッズくじ引きに雇っている販促人員の人件費、TDRオフィシャルスポンサー費用など、商品以外のコストがかなりかかっていて、すごく20世紀的。

ダイソンのドライヤーは使ってみて実感するのが、乾燥速度の速さ、つまり時間短縮効果である。男の私ですら感動するのだから女性はなおさらだろう。スマホ現代人はすきま時間の貴重さを熟知しており、髪を乾かす時間の短縮は時は金なりを地で行く明快な商品特長である。

ドライヤーに限らず、そもそも中途半端な「高級品」を、人気女性タレントやキャラクターとのタイアップなどという「selling セリング」によって売っていくマーケティングのやり方自体が、崩壊している。ドライヤー市場にあるのは安いコモディティ商品か、ダイソンのような高級品という両極端な選択肢しか存在しないのである。扇風機にしろ冷蔵庫にしろ電子レンジにしろクルマにしろ、すべて同じ構造である。中間層向けのセグメントがもうないのだ。

いま世界的トレンドで中間層は殲滅過程にある。これはあらゆる市場、あらゆる側面でフラクタルな現象である。自動車だってこれまで中間層向けにクルマを売っていたブランドは苦労する。その意味で日産の将来性は明るくない。

この連休にAmazonプライムで観た『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』という映画でも、米国中間層がどこにもいなくなりつつあることに触れていたけど、20世紀を席巻したパックス・アメリカーナが音を立てて崩れ去りつつある。米国の製造業やサービス業はタダ同然で刑務所の囚人に単純労働やサービスをやらせていることが描かれているけど、これはつまりもう米国には単純労働を担う中間層が存在しないことを意味している。

要らないものがバレてきている - 徒手空拳日記

日本は盲目的にアメリカの負の遺産の後追いをしている。「小さく、老いたアメリカ」になろうとしていて、世界の流れと逆行している。この映画を観ると米国と一蓮托生の道を選ぶ愚かさを実感する。アベノミクスとか今の日本政権がやろうとしていることは、アメリカのよくない後追いであって、アメリカのように極端な資本家の国、中産階級の滅亡している今のシステムに完全に追従しようとしている。日本もいままさに中産階級自体が消滅する過程にあって、このまま行くと過酷なアメリカと大差のないシステムになろうとしている。

さらに言えば日本人はある種の二重支配に苦しめられつつあり、①日本に土着的に根付いている封建主義的な朱子学カルト、②アメリカから輸入した資本主義の酷薄なエゴイズムというものを、さらにデフォルメして混合して取り入れている、ある種最悪のディストピアになる危険性がある。米国の宗教的な公助システムもないし、政治的な正義もない、強いものは何でもありのシステムが日本で強化・強調されて弱者だけが割を食う世界になりつつある。

 移民許容に動こうとしている日本は、米国発リバタリアニズムを後追いしながら、その過酷さ、酷薄さで本家をさらに凌駕しつつある。日本は、いわば米国的リバタリアニズムと中世封建主義的な朱子学カルトの二重苦に苦しめられつつある。