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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

割を食う消費

このところ、軽自動車が大きな交通事故に巻き込まれて死亡につながるニュースが目立つ。軽自動車ってイニシャルコストもランニングコストも登録車に比べて安いから、クルマが必要な地域では足がわり、傘がわりに使われている。

でもこれ、660ccというかなり非力なエンジンで、いざという時にパワフルな危険回避ができなかったり、室内が絶対的に狭くて外部からの衝撃で車内で頭を強打してしまうリスクが高い。最近はオプションでサイドエアバッグをつけたりするんだけど、それでもやはりいざ重大な事故が起きれば割りを食うのは、決まって軽自動車に乗っている側なのである。死ぬ危険という視点で考えれば、軽自動車はオートバイと実はそんなに変わらない。高い買い物なのである。大阪の台風では、発泡スチロールのように軽自動車が宙を舞っていた映像も記憶に新しい。

運転している人のかなりが、アルコールによる睡眠障害で判断力が鈍っている。アルコールで脳が萎縮して注意力散漫、体調の悪い人間が事故を起こす確率は高い。アルコールは死亡事故の最大遠因であり、いざ事故れば割を食うのは軽自動車の乗り手である。安上がりな軽自動車に乗ることのリスクは120%乗り手に背負わされている。

アルコールもこれにちょっと似ていて、呑んで気持ちよくなる代償としての死や病のリスクは、買い手サイドに120%転嫁されている。売り手サイドも徴税サイドもこれまた完全にノーリスクである。

ハロウィンで仮装した大人が集結する渋谷で、瓶のアルコールは売らないとする部分的な自主規制をするらしいけど、これは典型的な「瓶以外の酒は飲め」という命令。パブリックな場でアルコールを鯨飲して人目もはばからず酔う行為自体、世界の非常識である。

軽自動車もアルコールも、これでもかっと大量に広告が投下されているけれど、ケガや病気、死ぬリスクはほとんど説明も開示もいっさいされない。

いま日本から滅びゆく中間層は国が貧しくなるにつれて、政財官によってより一層割りの合わない取引のターゲットになっているのではないか? 悪魔とのディールに手を出して、結果として損をするのは常に、弱い買い手サイドである。

公営ギャンブルである宝くじにも、同じ種類の憤りを感じる。確率情報を十分に説明せずに、貧困層をして割りの合わない消費に走らせることはやはり、悪魔と愚か者のディールではないのか。酒にしろタバコにしろギャンブルにしろ、所得税では補足できない弱者セグメントへの「快楽税」の側面がある。

「仕方ない」「寂しい」「仲間外れにされたくない」「怒られるのは嫌だ」「現実を忘れたい」「一か八か」……。こうした気分から消費に駆り立てる商売には、簡単に言うとインテグリティがない。どんなに儲かる商売でも、良心ないのなら、決して長くは続かない。

古今東西、優れた戦略か必ず持っているのは高潔さや良心、良識であって、優れた戦略とインテグリティは不可分のもの。自分の利益だけを考えて、相手が取り返しのつかない泣きをみるような戦略は、早晩行き詰まる。