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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

吉村昭の視点

先日、都営まるごと切符で都内を気ままにまるごとトリップしている時に、荒川区の日暮里図書館にはじめて立ち寄った。日暮里駅前の有名な立ち食いそば屋に寄った帰り道だった(都まるで路麺店を巡るのが趣味のひとつ)。

一由そば

街のファストフードやコンビニイートインは丸で落ち着かないので、都バスに乗りながらいつもGoogleマップで図書館を探す。東京は図書館が沢山あるので、素晴らしいのだ。図書館近くのバスストップで降りる。

日暮里図書館は最近リニューアルされたばかりのようで、超快適だった。自習室で小一時間考えごとをして、館内を散策すると図書館2階に吉村昭コーナーがあった。彼の生家がこの近くのようだ。

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その訪問で撮影した吉村昭自筆の色紙。

それからしばらくして、7月頃予約していた「日本軍兵士」という新書がようやっと借りられたので読んでいたら偶然、吉村昭の名前が新書に出てきた。「悠遠」の記憶が新しかった私は、彼の小説を図書館で借りて読んだ。

新装版 総員起シ (文春文庫)

『海の柩』──腕が切り落とされた下級兵士の遺体が大量に漂着した敗戦直前の北海道漁村の話である。

死体を収容しはじめてから、彼らは妙なことに気づきはじめていた。腕のない死体がかなり混っているのだ。

手首から先のない兵士の腕は、布につつまれた太い棒のように見えた。それは硬直して海面上に突き出されていた。

米国潜水艦による雷撃で難破した軍船の将校たちは我先にと救助されたが、救助艇に必死にしがみつく下級兵士は、自分たちだけ生き延びようとする将校によって、日本刀で腕や手首を切り落とされたのだった。

遺体の中に、将校の死体はまじっていなかった。下士官の死体はあったが、襟章の大半は星三つ以下で、ほとんどが一つ星であった

漁村の視点から、大戦末期軍部の不気味な空気を描いていて、戦慄が走る。漂着した遺体を見聞、処理する軍人たちは、この事態を誰にも口外しないことを漁民に厳命するのだけど、その理由は建前は防諜だが、実際には高級軍人が下級軍人の手首を切り落としてまで生き残った恥を隠すためなのだった。

この小説は、吉村昭が綿密に当時を知るものに取材して書き上げた作品である。

このような修羅場が現実にあったのだと考えた方が合理的だろう。

満洲にソ連が攻め込んで、開拓民を置き去りにして一目散に内地へ逃走したのも高級官僚や軍人であった。下々を見殺しにして日本に戻った彼らが、冷戦のどさくさで米国人のアナルを舐め舐め復権してつくりあげた偽装国民国家こそ、現在の日本国である。

将校が生き残るために手下どもの手首を切り落とし、冷たい海に葬り去るろくでなしのマインドや、そのことに頰かむりして、まんまと戦後に地位や富を再び手に入れた狡猾さは、現代の日本社会の支配層の隅々に今も厳然と存在する。いじめや過労死、ハラスメントは、日本を支配する者の朱子学カルト300年に及ぶ腐敗、宿痾の澱なのである。

偶然図書館で見かけた吉村昭の作品に導かれて、日本という社会の本質的な人でなしさを再確認することとなった。

弱きものらが自滅するまで放置してストロングのアルコールを鯨飲させるイリーガル精神や、台風の強風で空箱のように宙を舞う軽自動車の死亡リスクを乗り手に120%押し付けたまま自動車行政の不作為を続ける軍産複合体のえげつなさは、なべて『海の柩』救助艇にすがりつく身分の低い人々の手首を将校が日本刀で切り落とすのと完全に地続きの心であって、こんなクソ国は国民にも他国にも決して信用されないのだ。