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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

言葉や法について

言葉や法は、本質的に個人を拘束するもの。つまり命令である。書き言葉や法律は、農業が人類に定着してから発達したものなので、農業時代とはつまり言葉や法の時代である。

近代とは、支配者が独占していた言葉や法の正統性を個人、つまり一般ピープルが手にする時代のことである。つまり、権力者による言葉や法の専横を、個人が書き換えられる。

このブログだって、一応は言葉や法のお仕着せを疑い、書き換えようとする小さな運動である。それとは逆に、言葉や法をナントカ書き換えないように監視・統制することこそまさに、行政官僚の役割である。

農業が基本だった人類の書き言葉や法律の重荷に、これからも適応していく必要なんてない。

既定の言葉や法に盲目的に従う「言葉の自動機械」からの逸脱こそ、人間の自由だ。しかしながら、多くの日本人は軍事国民国家という過ちを引き摺る政官財学によって一方的に与えられた言葉や法に従うだけの無力な自動機械であり、その意味では未だに江戸時代の重農封建制度を生きている人々である。ジャーナリズムなぞは本来、言葉を疑うのが本質のはずなのに、記者クラブや電波行政に丸め込まれてまさに「ミイラ取りがミイラになる」魯鈍さそのもの。

例えば「お酒は二十歳になってから」という言葉=法があるけど、この言葉=法に盲目的に従うと、気がつけば、「お酒は二十歳になったら飲みなさい」と解釈できる。

徴税役人はこの「一見、禁じる形式でありながら、真逆に推奨する」レトリックを多用して、ハイコンテクストな命令を執行するのが好きな奴らである。財務省の一貫したポリシーはただ一つ「増税」なのである。彼らからすれば財政再建など知ったことではないし、国民の厚生なども二の次三の次、とにかく取れるところから税を巻き上げて、財務省や自分の利権を拡大することである。

そんな彼らにとっては、酒やタバコは極めて重要な財源である。正義っぽい悪、はまさに行政官僚の本質そのものである。国民に飲酒をストレートに推奨するわけにはいかない、しかし、部分否定や一部禁止というしょうもないレトリックによって、全く手を汚すことなく徴税システムを維持することが可能になる。言葉が命令であることの実例である。彼らからしてみれば、こんなの朝飯前の不誠実なんである。

軍国OSの言葉や法の及ばない世界を構想する力がこれからは重要になる。朱子学カルトの言語体系とは全く違う言語体系を持つこと。例えば文学や哲学、歴史の言葉を取り込むこと。

もひとつは、朱子学カルトの言葉を無視することの巨大な価値を認識することである。

朝○新聞に書いてあること、芸能人やNHKアナウンサーのテレビでの発言、週刊誌の見出し、定量調査の結果、会社や学校組織の偉そうな人達のご高説、政治屋の演説、企業の宣伝や販促、有名人のツイート、ビジネス書の帯などなど、どれもこれも徹底的に無視することこそが、巨大な価値に繋がる。

考えるとは──つまり疑うことなのである。