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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

友達不要論とアルコール

林修先生が提唱する“友人不要論”納得の理由とは?(2018年8月1日) - エキサイトニュース(1/2)

私は極論者なので言い切ってしまうが、他人と仲良くする必要なんてないと思っている。

仲良くする必要がなければ、仲は悪くもならない。友か敵か?  に囚われるとはつまり、政治の世界である。日本人は何でもかんでも政治のパラダイムに変換するのが大好きで、日本という世の中に充満している殆どの情報が政治的なもの。政治のニュースは政策課題や解決を伝えるものではなく、派閥や友敵のいい加減な見立て情報でしかない。高学歴のマスコミ記者の二次情報に価値などなし。

政治って、カネも時間もかかり過ぎる。とことんコスパ悪し。なんといっても、政治力を作ろうとすると、日本ではアルコールが不可欠になる。アルコールのある政治時空間は、コストが相当にかかる。

野心家や成功者が手下を連れて飲み歩く(全ての飲み代を支払う)とか、有力者に取り入る為にクラブやキャバクラに連れて行く(全ての飲み代を支払う)といった政治活動には、ほぼ100%アルコールがつきまとう。つまり日本では、友敵政治活動とアルコールが不可分なのである。

日本人がアルコールをなかなかやめられないのは、実は友達関係を切れないからで、友敵関係・政治を過大評価しているのである。特に、日本の女性は「母」としての政治闘争が生存戦略そのものであり、日本の男は、女性との恋愛関係を獲得、維持する為に、女どうしの過剰な友敵の代理戦争に駆り出されて巻き込まれているのである。

熾烈な友敵・政治闘争から自由になることが、アルコールを根本的に不要にする近道である。

簡単に言えば、「立身出世して、いい女を抱きたい」という欲望を客観視できると、アルコールなしで生きられるようになる。政治が三度の飯より好きな女が寄ってこなくなる。端的には「男の立身出世にパラサイトする政治的な女」を手に入れる為の「価値交換メディア」として、アルコールは機能しているのである。

この辺の考察は、ノンアルコール・ハックにとってとても本質的で重要なことなので、引き続き自分なりに考え続けて、ブログにも書いていく。