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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

プロパガンダ市場について

老人の多くが戦争に駆り出された世代ではもうなくて、恩給(軍人への年金)受給者数は厚労省によると30万人くらいまで減っているらしい。

いまいる多くの老人は、見た目は老人でも戦争経験がない老人なので、特に団塊世代以降の老人については、私はいっさい尊重、畏敬しないことにしている。

最近思うのは、いわば「プロパガンダ市場」みたいなものが日本には戦前、戦中、戦後一貫して存在していて、平成の30年間とはつまり、「プロパガンダ市場」の衰退そのものだったのだなあということ。

平成を10年間ごとに区切ってみると、この国の「二度目の負け」への態度はざっくりと下記のように変わってきている気がする。

  • 平成0年代→否認、孤立、怒り
  • 平成10年代→取引、抑鬱
  • 平成20年代→受容

阪神大震災やオウム事件や信用不安など、国の衰退に抗った最初の10年があり、「ものつくり」など一部の強みに縋り逆転を祈る10年間があり、311で衰退が決定づけられ、諦め、衰退を受容した直近の10年間があった。

この変遷の中で、カクンカクン落ちまくっているのが、プロパガンダ市場である。

プロパガンダ〖propaganda〗
特定の考えを押しつけるための宣伝。特に、政治的意図をもつ宣伝。(大辞林)

政財官学による政治的なお仕着せがどんどんスルーされつつある。まさに「笛吹けども踊らず」になってきた。哄笑。

クールビズは2005年、ギリギリでプロパガンダが効いた国策キャンペーンだけど、その先は行政が主導するあらゆるプロパガンダ(典型的にはプレミアム・フライデー)がスルーされつつある。財界の政治的命令もなべて馬耳東風だし、大学の権威なぞも地に落ちまくり。スポーツのフェアネスも信用されなくなってきた。ジャカルタのブロックMという日本人駐在員が精液を出す街でバスケ選手が買春したことがバレたりして、五輪ピックの報酬ゼロのボランティアも総スカンの兆し。

ありとあらゆるプロパガンダ市場が脱臼され無価値化してきた。この落ちっぷりは、日本が初めて経験しているものではないか。これからどうなるか、心底楽しみだ。