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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

なぜ夏祭りをやるのか?

地域の夏祭り。テキ屋を締め出したから地元一般市民による手作り屋台なのだが、年を経るごとに歯抜けして、しょぼくなっている。地域の為に手を貸す人が減ってきているし、そもそも夏祭りなぞなんのためにやっているのかよくわからない。

屋台で売られているど素人の食い物なんぞ、食あたりが怖くて食べる気にもなれない。きゅうりの浅漬けでO157騒ぎになったことがあったけど、今年は猛暑できゅうりが高くて、屋台にもない。なべて不夜城万年屋台、セブンイレブンの焼きそばよりうまい焼きそば屋台なんてない。

公衆の屋外で開けっぴろげに酒を飲むこと自体、海外ではあんまりないことだし、もはやこんなもの時代錯誤なのではないかと思ってしまう。私はめっきり居酒屋に行くこともなく、人が飲酒しているのを見かけるのはこういう時くらいなので、生ビールやストロング缶チューハイを飲む人達とすれ違うたびに、酒を飲まなくて済むようになった我が自由を密かに謳歌する。

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岡田斗司夫によれば、考えるとは、「なぜ?」と「で?」と「類似」と「過去」を考えることで、夏祭りなんてなんでやるの? なんでテキ屋排除してるの? なんで日本は屋外で酒を飲むことに寛容なの? などなど、いくらでも「なぜ」は思いついてしまう。

テキ屋という異質を排除して「で、どうなるの?」と言えば、いっときは排除で結束した地域コミュニティもバラバラになり、夏祭りの目的が共有されにくくなって、縮小均衡へと向かう。しょぼくなればそれでまた人が減り、せっかくの夏祭りがコミュニティの弱体化を「見える化」してしまう。誰も得をしないチンケな物語は少しずつ衰えて、最後に残るのは屋外飲酒という公然麻薬キメキメだけになる。