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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

アルコールは宗教

「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。 宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。 それは民衆のアヘンである」(カール・マルクス)

夏向けアルコールのテレビ広告、砂漠のような場所のピーカンの強い日差しの下で激しく動き、キンキンに冷えたビールをグイグイ飲む──こういうのを目の当たりにすると、もはや気の毒な気持ちになる。

「宗教はアヘンだ」と言ったマルクスの言葉が正しければ、アルコールはアヘンと同じ麻薬だから、アルコールもまた宗教だと言える。

「アルコールの不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。 アルコールは、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。 それは民衆のアヘンである」

冒頭の引用の「宗教」を「アルコール」に置き換えても、完璧に通じる。

「こんな暑い日は、ジョッキの生ビールが生き甲斐」と断言するようになると、実はもう、それは「精神なき状態の精神」なのである。飲酒の本質とは「現実の不幸の表現」であるというのもハッとさせられる。脳を麻痺させて不幸を忘れたいのだ。

そして「現実の不幸に対する抗議」でもあるという洞察も慧眼である。酒臭い吐息は「なやめるもののため息」でしかない。

アルコールが、集団儀礼の根幹に組み込まれている日本では、飲酒の儀礼そのものがまさに「御神酒」である。アルコールは宗教なのである。私はこのことに気づいてますます酒なんて飲むもんじゃないな……との思いが強まった。

アルコールとはその人の苦悩を測る手段でしかない。世界の多くの宗教がアルコールを禁ずるのは、アルコールが最強の宗教だから。

酔って笑っている人は、実は辛くて悲しくて、心で泣いているんだと、私は気の毒に思うようになった。