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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

過剰適応という国民病

テレビを避けてyoutubeばかり観ている。特に忌み嫌っているのはNHKの「ニュースウオッチ9」で、これは多分制作総指揮をとっている権力者の頭が腐ってるのだろう。

それに対して、youtube宇野常寛の30分くらいの対談ものの無料部分とか圧倒的に面白い。私は固定費は人頭税だと思っているので月864円のコンテンツは決して買わないけど、無料の部分だけで全然OK。

昨日もなるほど!  と膝を打ったのは、宇野常寛の次のような指摘。

ウェブ2.0ぐらいに過剰に適応してしまった日本のインターネット問題ですよね。その結果Googleというプラットフォームに基本支配されていて、中心と周辺というものによって擬似的に構成されていて、だからみんな一生懸命SEO対策して、検索順位を上げるみたいな、インターネットを擬似マスメディアとして使ってしまった日本のインターネット問題。

これは本当に目鱗。自律分散を競ういまもプラットフォーム化を志向している愚かさよ。日本はいまだに、インターネットのGoogle的なものに過剰適応しようとしている。換言すればそれはYahoo! JAPAN的なもの(巨大な1:n)を未だにインターネットだと考えていることだろう。

Yahoo! JAPANなんて、グループで7000人も社員がいて、とても養いきれないだろうから急速な縮小均衡に向かうだろう。昔なら100年もった商売のスキームが、それこそ30年くらいで無効になろうとしている。

或いは例えばトヨタが「コネクテッド」とか言って、未だに「あがりのクラウン」と「ふりだしのカローラ」に2車種に偏執した上にそれらを「コネクテッド」にして必死に追いかけているものは、結局のところクルマのGoogle化、周回遅れの勝利なき模倣でしかない訳で、そんなもの、もう丸で要らないんじゃないの? と思ってしまう。そんなことより、20世紀の消費すごろくブランドのクラウンとかカローラをもうやめちゃいなよ(笑)と思ってしまうのは、私だけだろうか。

Googleパラダイムに過剰に適応しようともがいているうちに、世界の競争軸は全然別のところへ行ってしまうという間抜けさ。

明治維新なんかも実は、中国システムの遅蒔きな過剰模倣だったりする説もある訳だし、大平洋戦争なぞは、ヨーロッパ帝国主義という終わりかけの国民国家ゲームへの出遅れた過剰適応だった。

戦略をオリジナルに構想する能力がないから、終わりかけのパラダイムをがむしゃらに追従して過剰に模倣して自滅してしまう。日本は、そればかり繰り返している。