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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

みつからない内省録

世界のあちこちで毎日起きているテロの実行犯は、決行するまでの数日間、どこで何を思い、何を考えて過ごすのだろうか。

日本でも、政治的ではないけれど、毎日のようにテロと呼ぶべき殺人や自死が起きている。新幹線や警官の銃など、いわば国権や国富の象徴を逆手に取る他殺や自殺は、テロリズムに近い。

身体が千々に砕け散る前に、この世界と死の向こう側の間に目印を見つけるのだろうか。心内にどんな言葉があるのか。

無差別殺傷犯が供述したとされている言葉は、本当に彼のものなのか。警察や記者クラブの定型フォーマットとしての間接話法なのか、或いは直接話法なのか見分けがつかない。彼のもの思いや考えごとを聞いてみたい。官報と化した新聞記事では、彼が周囲からどうみられていたかの情報ばかりで、彼が世界をどう観ていたかについての情報は皆無である。

彼らの残した言葉に何が残っているのだろうか。彼のチャットには決行までの数日間に、誰とのどのようなやり取りが残っているのだろうか。外部向けのよく練られた勇ましい声明のような言葉ではなく、この世界から消し去ろうとする自身と折り合いをつけていく微かな言葉を探しているのだった。

一匹狼型のテロリストの内省録を探そうとしても見当たらない。私が知りたかったのは、つまり、あと数日で誰かを巻き添えにしてしまう彼らは何を思い、考えたのかということだった。

結局、ドストエフスキーを読んでいる方が、私が求める内省録に近いのだと気づき、活字の小さくて古びた文庫本を繰るしかない。

人は誰でも、一度は挫折するのである。その時、その挫折の内圧に押されて刃物を手にするか、言葉を己れの凶器とするかは、ほとんど紙一重の差に過ぎない。(車谷長吉「人殺し」)