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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

朱子学カルト教条

観光地の土産物屋とか、居酒屋の便所になぜか掲げられるこういうマントラ。

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この種のポエムの源流は、朱子学カルトだと思う。

権力が徹底して被支配者に植え付ける「意気、媚態、諦観」のこころ──素直で、元気よく、明るく、とことん謙虚。無償の奉仕も惜しまない、感謝のこころ。

支配層にだけ一方的に好都合で、ちゃんちゃらおかしい価値観……これ、実は「粋(いき)」の構造。「いき」でありたいといまでも洗脳されている日本人。

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

この「意気、媚態、諦観」のマントラと密接に結びついているのがアルコールである。権力者に酒をしこたま呑まされ、とことん明るく、元気を装う下々という構造。振舞われる酒の代償は重い。最近は権力者が吝嗇になり、走狗を酔わす酒代すら出さない。

酒の味は、一に通夜酒、二にただ酒、三、四がなくて、五にたかり酒(車谷長吉)

酒を呑んで破顔、酒のCMのように惜しげもなく多幸感を表現すると、権力から「ういやつ」「いい人」だとみなされる。

酒呑みは、快活でいきいきとした善良だという刷り込みは、120%プロパガンダ。エタノールで飛んだら善人、シャブで飛んだら罪人。なんじゃそりゃ?

お酒を飲んだら、自ずとちょっぴりエッチになることも、権力によって肯定されてきた。権力関係の優位なものが、劣位なものに酒を飲ませて、エッチな時空を共有することで、「強いつながり」を維持する。

媚態は良きものとされ、アルコールは媚薬として用いられ、権力者と被支配者のフュージョンを促す媒体として酒は尊ばれた。

いま、これらの価値がまるごと「ポリティカル・インコレクト」→「不適切行為」に転換しつつあり、超絶メシウマ(笑)。

明るくて元気でエッチだけでも辛いのに、加えて権力者の手前では、徹底的に謙虚で無能、無私無欲たることを強いられる。

先日の中年アイドルグループの記者会見で私が不気味に感じたのは、事件とは無関係な同僚4人による、度を越えた謙虚さアッピール。

彼らの振る舞いは、芸能界という狭い朱子学ワールドで生き抜く為に、「絶対権力」に向けて謙虚が演出されているものであって、権力に対する見え透いたちんころでしかない。

彼らは最も洗練された朱子学カルト学徒だからこそ、ここまで長く芸能の社会で生きてこられたのだろう。