平日9時17時で、オフィスに出勤して働く労働スタイルは産業革命後の英国から始まった。
会社に生涯を捧げても単に経費として計上されるサラリーマン階層も、電車やバスで会社と自宅を往復する通勤文化もまた、この頃つくられたものである。
2020年には米国の労働人口の半分がフリーランスになる見込み | NewSphere
この記事を見て、もう既に米国勤労者の35%がフリーランスと知ってビックリしたけれど、会社とか通勤という文化は早晩なくなってしまうだろう。
MIT Tech Review: ゴールドマン・サックス、自動化で株式トレーダーを大幅削減
2000年には600人いたゴールドマン・サックス証券ニューヨーク本社の株式トレーダーは、今では2人しかいない。
過渡期をどう生きるか、モノは考えようである。
己っちは、通勤はウォーキングだと捉え直している。
iPhoneさえあればどこにいても世界と繋がっていられるのだから、頭の中まで検閲をかけることは今のところ出来ないわけで、通勤すればサラリーが貰えるなら、ベーシック・インカムとしては悪くはない。
最近は、会社員どうしの相互監視や同調圧力もあからさまにはしにくくなってきたので、アフターファイブの付き合いなど端から断ってOKであり、しょうもない人間関係ストレスもダダ下がりであるから、己っちみたいな単独主義者にはおもろい、いい時代になった。
大量生産→大量告知→大量消費の時代が終わって、小規模生産→クチコミ→選好→推奨の時代になれば、組織ごっこや仕事ごっこしか能のない大企業なぞ生き残れない。
ましてや呑みュニケーションなぞ得意先すら誰も信用しなくなる。なんだかとってもおもろい時代に己っちは生きている。