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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

生真面目によるガス爆発

  • 良心のない経営者が大量にいる 。 
  • 生真面目なバカが大量にいる 。 
  • 理不尽なノルマなんてばっくれればいいのに、生真面目にただただ怒られないために頑張り続けてしまう。

日銀が毎年6兆円も税金使って株を買ってる日本のフェイク景気も、かなり翳りがみえてきたなあと思うのは、例えば日産の勘違い復古劇場がどうやら失敗に終わりそうなことをみててもそう思うし、ソフトバンク上場で情弱の個人投資家が4000億円くらい損しているのをみてても思う。

でも札幌の平岸というところで起きたアパマンガス爆発事故の詳細が見えてくるにつれて、「ああ来年はかなり経済がやばくなりそうだな」という悪い予感に襲われた。

日産ルノーとかソフトバンクのようなマクロっぽい視界のダメさもさることながら、アパマンのようなBase of pyramids のミクロも負けずにかなり詰んでる感が相当やばいところまで来ているなという印象。平岸に出来たグラウンド・ゼロの爆発現場写真をみるにつれて、アベノミクスという官製好況崩落と、現代のネアンデルタール人である中間層消滅の予兆に見えてしまう。

このガス爆発、具体的には次の3点について絶望的。

こんなクソ産業しか残ってない

製造業は国外に移転してしまい、日本の価値を高めるような外貨獲得産業はほとんどない。国内に残るのは移民と安月給を競い合って強いられる感情労働や奴隷労働ばかり。簡単に言うと空洞化である。不動産賃貸業も、地方の止めどない衰退や少子高齢化の進行で縮小・衰退が確定している。メルカリなんて欧米では全然うまくいってないし、ZOZOTOWNも超絶ドメスティックだし、希望を感じるような産業がまるでない。家電や精密機械は壊滅、自動車も軽自動車ばかり。GAFAにもやられまくり。

良心のない経営者が大量にいる

この会社も業態そのものがかなり生産性が低そう。仲介手数料は満額で取れても賃料ひと月分であり、すぐに成長は限界に達する。それ故に今回の原因となった「除菌消臭サービス」(…といっても原価数百円のスプレーを室内に充満させるだけ)などのグレーなオプションであり、その種の利益率の高いサービスを無理くりノルマ化して、進捗を相互監視するブラックなマネジメントである。

良心よりも損得のための忖度最優先の会社は雰囲気が最悪、ギスギスして離職率も高い。採用してもすぐやめるから効率がぜんぜん向上しない悪循環である。この記事を書いてる時点で最高責任者は何らコメントも発表しておらず、末端や名ばかり社長に責任をなすりつけているのではないかと非難されている。

生真面目なバカが大量にいる

同調圧力や相互監視による雁字搦めの毎日に受け身で従ってしまう生真面目なバカが大量に存在している。理不尽なノルマなんてばっくれればいいのに、生真面目にただただ怒られないために頑張り続けてしまう。事故を起こした当事者は取り調べに、スプレーが可燃性だと認識してなかったとかなりヤバめの証言をしているみたいだけど、もはやパッケージのでかい警告文字も目に入らないほど心神喪失状態なのである。朱子学カルトの末端として上から怒られないために、ノルマ達成の既成事実を捏造する為に数百本のスプレーを空にするなんて、余程追い込まれていたのだろう。こんな風に爆発して全てが社会にバレたのは、結果的には良かったかもしれない。

 

ヒューマン・ユニバーサルズ

【要点】

  • 文明化された人間の表層などあてにならない。 深層は嘘だらけである。 
  • 悪知恵の働く凶暴な人間がいたからこそ、人類はここまで生き延びてきた。 
  • それくらい人間はヤバい。

エスカレータの片側を、急いで駆け上っていく習慣をやめようという運動があって、声かけ運動などが行われはじめていると聞くけれど、わざわざエスカレータの片側を駆け上がって急ぐほど、なんでそんなに時間に追われているのか、俺には意味不明。

でも、だからといってせっかちな人が駆け上がる片側にわざわざ立ち止まるようなことは、俺はしない。俺は出来るだけエスカレータを使わずに階段を上るようにしている。運動のためである。

マナーを向上させるために、駆け上がっている人をストップさせるべく、わざわざ歩行側に立ち止まるなんていうことをすると、要らぬトラブルの元である。世の中を良くするためにこちらがリスクを背負うなんてことは全く割に合わないので、俺はエスカレータを使わずに階段を上るのである。

この背景にある思想は「実害なければなべてスルー」の精神。他人のマナーを良くしようとか、社会を良くしようとか、そういうことは一切考えない。兎にも角にも、自分がトラブルに巻き込まれないことを最優先に行動している。

これはアルコールについても全く同じである。お酒を飲まないメリットを面と向かって他人に説得することなぞ一切ない。どのみち聞く耳なんて持ってもらえないし、下手をすれば嫌われたり、逆ギレされることもありうる。

たとえどんなにあちら様に非があったとしても、過ちを指摘したり、説教したりすることは絶対に避けた方が良い。ヒューマン・ユニバーサルズ(人間の普遍的本性)は、相手の指摘を素直に聞こうなどというものでは決してない。その場では従順に従っているフリをしても、ゴチャゴチャ偉そうに難癖つけてきた相手のことは、心底では恨んでいるのである。

文明化された人間の表層などあてにならない。文明によって訓練された人間の規律的な行動などは、その深層は嘘だらけである。俺は文明よりも、ヒューマン・ユニバーサルズの方を信じることにしている。朱子学カルトなぞは薄っぺらな文明の薄皮に過ぎない。人間は素直さなど本質的には持ち合わせていないし、謙虚も単なるその場しのぎのフェイクであり、小芝居に過ぎない。

だから、どこの馬の骨ともわからない他人を採用して月々固定費を払う労働集約型のビジネスなど、俺は一切やるつもりはない。10人採用すれば必ず1人や2人は、面接をかいくぐって悪い人間が紛れ込む。

しかしその悪しきヒューマン・ユニバーサルズを持つ少数の人間たちは、飢餓や疫病や戦争などの有事にこそ、生き残るタイプの人間なのである。人類が生き延びるためには彼らが必要だった。平時には有害なだけなのだ。悪知恵の働く凶暴な人間がいたからこそ、人類はここまで生き延びてきた。

エスカレータでわざわざ走行側に立ち止まって、マナー向上運動に加担したくないのは、そんなことをしたならば結構な確率で、凶悪人の進路を妨害してしまうリスクがあるからだ。それくらい人間はヤバい。

朱子学カルトに洗脳された日本人は、人類の凶悪さに疎過ぎる。だからGAFAにやられ放題なのではないか。

 

 

 

 

忘年会マシュコピーロ

【要点】

  • も少しで、リーマン社会からなくなるだろう忘年会。
  • 彼らが酒を飲んで忘れているのは年ではなく、人間としての尊厳である。
  • 酒と仕事はなーんにも関係ない。

仕事のペーパーレス化を始めたのはもう五年前で今は全ての書類がクラウド化されていて、どんなデバイスでもネットがあればアクセスできる。オフィスのデスクトップPCをやめてラップトップPCオンリーにしたのは三年前、いまではPCすら使わなくなり、ほとんどのことをスマホでやるようになった。文字の入力も音声を多用するようになりタッチタイピングよりも高速に文字を書けるようになった。オフィスの自席には極力何も置かない。つまりフリーアドレスである。昔から矢鱈とデスクをパーソナライズする奴らをバカにしていた。

そのうちなくなると信じていたものがこの数年でリーマンの常識ではどんどんなくなりつつある。超絶メシウマなのである。

も少しで、リーマン社会からなくなるだろう忘年会。セクハラやパワハラがすぐに表沙汰になるようになって、今年はだいぶマシになってきている。なんといっても、ほとんど参加を強制されなくなってきた。おっさんどもによるほとんど萎縮と言える自重が始まっている。バブル時代の自慢話や武勇伝は封印され、先輩風も凪ぎまくるようになった。先輩後輩が入社年次ごとに分離され同世代どうしでしか話せない「ゾーニング形式の忘年会」まで出現したらしい。

ザマアミロ、お前らクソバブルの酔った話が超絶つまらないことがようやっとコモンセンスになってきたのだ。

たかだか冷戦期に、俺より先んじてクソなリーマンだったことなど別に偉くもなんともない。工業化社会の末期にしょぼいバブル時代を生きたことがどうして自慢なのか丸で意味不明。そんなにあの頃が懐かしいのなら、文字通り「バブルへGO!」あの頃へ帰ればいい。誰も困らないぞ。

彼らが酒を飲んで忘れているのは年ではなく、人間としての尊厳である。アルコールというダウナー麻薬で頭のいかれた人間と同じ時空にいなければならない理由など何ひとつない。彼らは勝手に日常の緊張から解き放たれ、信じられないような凶暴で野蛮なクソリーマンに成り下がる。

酒を飲んで前後不覚になった奴ら──つまり「マシュコピーロ(凶暴で野蛮な人間という意味)」なんて、心底唾棄すべき存在である。話を聞いても要領を得ないし、知性が低下しているので面白くない。ああこいつら死んでくんないかな……俺はいつも酔っ払いの話を聞き流しながら思う。飲み会が進むにつれて彼らはアマゾンの非接触原住民と同化していく。脈絡なく叫び、笑い、泣き、怒る。行動が読めず、とてつもないことをやらかしてしまうリスクと隣り合わせになる。

十二月の夜の繁華街は、凶暴で野蛮なクソリーマンのマシュコピーロがうようよいるので、俺はどこにも立ち寄らず速攻で帰宅する。電車の中が酒臭くないうちに。そして暖かい自宅で美味い飯を食い、のうのうと本を読んだり映画を観たりして過ごす。これぞ人間の真っ当な道楽である。酒と仕事はなーんにも関係ない。五年後には忘年会マシュコピーロはほとんどいなくなっているだろう。笑える。

 

 

プラットフォームからコンテンツへ

【要点】

  • Netflix申し込んだ。視聴一発目としてまずはNetflixでしか観られないRomaという作品を観た。
  • Netflix配給作品、ベネチア映画祭でワールドプレミア上映されて、12/14から全世界のNetflixで公開されている。
  • 質の高いコンテンツが、劇場よりもNetflixユーザにまず公開される。

来たる正月休み(地上波視聴ゼロ秒の完全寝正月)に向けてNetflixのサブスクを申し込んでスタートした。AmazonプライムとNetflix両方のサブスク料金足しても、NHKの人頭税より安いってどういうことだよと心底思う。

岡田斗司夫が「Amazonプライムがあれば毎月15万円もあれば都内でも楽しく暮らせる」と言ってたけれど、その通り。生真面目な小利口が無限仕事ごっこしている間に、俺はのうのうとNetflixやアマプラ観たり、本読んだりして人生を満喫してる。

NHKがしょうもない人件費をかけて銀行振込とか集金人で人頭税を課すのに対して、Netflixはオンライン三分以内に手続き完了、あらゆるデバイスで直ぐに視聴できる。日本の土管屋はクソみたいな手続きと規制で雁字搦めになっていて、昭和のまま進化を拒み続けている。郵便局とか今すぐなくなっても困らないし、NTTも要らないなあ。

Netflixは最初のひと月無料なのでアマプラとの相乗効果を検証する。視聴一発目としてまずはNetflixでしか観られないRomaという作品を観た。

『ROMA/ローマ』(Roma)は、アルフォンソ・キュアロン監督・脚本による2018年のドラマ映画である。キュアロンの自伝的な内容であり、1970年代のメキシコシティを舞台に中流家庭とその家政婦に焦点が当てられる。(Wikipedia)

『ローマ』予告編|Roma - Trailer HD - YouTube

Netflix配給作品、ベネチア映画祭でワールドプレミア上映されて、12/14から全世界のNetflixで公開されている。

つまり映画というコンテンツの配給システムが劇的に変わりつつあるのだ。質の高いコンテンツが、劇場よりもNetflixユーザにまず公開される。

素晴らしくて感動した。メキシコの話だけどこれは「ヒューマン・ユニバーサルズ」(人間の本質)についての優しさと哀しさを描いた作品。静かに心揺さぶられる。

Romaみたいな優れた作品が既製のコンテンツ流通とは全然違う流れでデリバリされつつあることに、時代の大きな変化を感じる。

と同時に放送という国民国家プロパガンダの為の旧いプラットフォームの静かな終わりを感じてしまう。放送なんて災害時用にAMラジオがあれば、あとは要らないのではないか。

TSUTAYAもどんどん街から消えつつある。コンテンツをプラスティックのディスクにパッケージしていたプラットフォームが完全に終わった。TSUTAYAはNetflixみたいにインターネットのストリーミング時代への変化対応は丸でできなかった。日本企業でプラットフォームのシフトチェンジに勝てた事例はほとんどない。

銀座に山を買うが如く港区には殆どの放送局の本社ビルがあるけれど、持続可能性をあんまり感じない。アメリカでは「コードカッティング」という、ケーブルテレビを解約してNetflixなどインターネット・テレビに移行する動きがほぼ完了している。日本も遅まきながら似たような動きが起きつつある。テレビを観ているのはもはや団塊世代シニア層はかりで、彼らが死んだら急窄みするだろう。

 

努力する人間になってはいけない

【要点】

  • 「精進」してる奴はだいたい小利口なばかりで、無能だ。 
  • 生真面目な小利口は、アホなバブル世代に溺愛されているので、努力さえすれば褒められると信じきっていて、考える力がない。 
  • 無駄な努力を美徳として肯定して成長させないことが仕組まれた。

今年も終わりが見えてきて、特に肝に銘じていることは、小利口な生真面目くんを俺の人生から一掃、掃討する決意である。

「精進します」とか言ってくる奴は以後例外なく完スルー。「精進」してる奴はだいたい小利口なばかりで、無能だからだ。

小利口(目先のことは抜け目なくうまくやってのけるが、大局を見通す判断力に欠けているさま)故にアホみたいに生真面目な奴らは、今時も大学受験までの20年間を、社会人の親や教師に全てを預けきって生きてきた奴ばかりで、「努力」こそが大切なんだと思い込んでいる。少なくとも「努力勝負」のゲームで勝ち残ってきた奴ばかり。

だから彼らは仕事ではなく努力で「仕事ごっこ」をひたすらやるばかり。怒られないように、目立たないように。戦後冷戦期リーマン4世は、つまりバブル世代の子どもたちだけど、親と同じで努力ごっこしか脳がない。

〈努力する〉の反対語が〈考える〉。

努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論

生真面目な小利口は、アホなバブル世代に溺愛されているので、努力さえすれば褒められると信じきっていて、考える力がない。

努力を盾に生きてはならない。努力によって承認されようとする人間は、頭が悪い。努力ごっこ、仕事ごっこをしている奴を承認しないどころか、視界に入れない。これに尽きる。メールは基本的に自分にTOが設定されていないものは読まない。生真面目な小利口は保険をかけてCCを矢鱈とかませてくるので、一切読まない。

ICレコーダーで全録しているので、実は相手の話なんて殆ど聴いてない。団結とか協調性なんて全く要らない。報連相なんて、5年後にはもうなくなっているだろう。

俺は「5年先にないものは今すぐ捨てる」をずっと続けているので、忘年会に参加もしないし、年賀状も一枚も書かない。時代がどんどん、急速に俺に追いついてきて笑える。バブル世代(冷戦期サラリーマン二世)とその子ども世代(冷戦期サラリーマン四世)の両者は似ているのでどちらも完全スルーしている。

努力しない為に頭を使うんじゃないのか? 努力が大事だなんてあり得ない。エクセルのマクロ使ったら怒られたなんて都市伝説は、この努力偏重朱子学カルトから生まれたのだろう。

朱子学カルトはそもそも「成長禁止」なので、農業でも合理的な課題解決やイノベーションが封じられ、とことん無駄な努力を長男が独占して追求することでとにかく成長しないことが美徳とされていた。クレイジーである。成長すれば余剰が生まれ、余剰が生まれれば叛逆される恐れがある。それ故に、無駄な努力を美徳として肯定して成長させないことが仕組まれた。

クソなリーマンの生産性が異様に低いのは、努力ごっこで考えることを禁じられている朱子学カルトが真因である。

どこから見ても非合理な努力ばかりがまかり通るクソな社会だから、努力する人間を軽蔑するだけで、敵を出し抜くことができる。戦略とは、努力しない為に考え抜くことである。努力を美徳とする人には死ぬまで戦略の本質がわからない。