kindle, 手ぶら, iPhone, 禁酒,ウォーキング,禁煙,断酒,ダイエット

徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

なべて飲み会に意義なし

断酒歴2年の筆者から見た「飲み会」のモヤモヤ | あなたをモヤモヤさせるB級新常識 | ダイヤモンド・オンライン

私が大学生の頃は、何かと言えば飲み会が行なわれていた。その奇異さを鮮烈に覚えている。

……乾杯が終わるとすぐさま、目下の者がコップを持って、参加している先輩全員に「ご挨拶」に回らなくてはならなかった。全先輩にぺこぺこ挨拶して、先輩からのお言葉を頂くと、コップのビールを飲み干す。

ブラック過労で社会問題になったあの居酒屋チェーンの飲み会も、この形式みたいで、平社員がビール片手に挙って、上司の前に行列するのだとか。異様な光景である。朱子学カルト炸裂。

ここまで気の触れた儀礼ではないにせよ、職場の飲み会は、本質的に儀礼なのである。人間は結束しているから儀礼を行うのではなく、真実は丸でその逆。儀礼を通じて初めて結束するのだ。だから、日本のような農耕社会では、結束を強化するための儀礼が頻繁に執り行われる。

アルコールは、儀礼結束の心理的増幅に援用されてきた。儀礼を蔑ろにしていると目をつけられて排除される。今も排除の圧力は根強く残っている。戦中の賢い中国人や朝鮮人は、酒を飲んだふりをしてわざとバカをやって、日本人のヒエラルキーに食い込んでいった。生存戦略だったのだ。

冷戦が終わって、あらゆる仕事が「科学」を重視しないと成果が出せなくなってきた。「経験、勘、根性」では会社は潰れてしまう。アルコールによる幻覚を利用した結束効果よりも、アルコールに頼ることによる損失が上回ってしまう。

同僚と昼も夜も同質な空気に居続けると創造的な態度が減衰してしまうし、何と言っても酒席は時間を奪う。二次会、三次会と重ねれば5〜6時間も組織から時間を奪う。

なべて飲み会には意義などない。そのことに気づかないと日本の労働生産性は好転しないだろう。気づいた人から、No! を毅然と示すしかないのである。