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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

必要悪も「不要善」もなくなる

日本ボクシング連盟みたいな組織は、インタネットのない時代におけるインタネットだった訳で、インタネットのない時代は、必要悪として容認されたのかもしれない。でも、インタネット後の今は、もう要らない。口利きや調整を「テーブルの下で」することに価値がなくなった。開かれたフェアな活動を続けることこそが、ゲーム理論的に正しい。一部の人間が密室で不透明な判断をすることなど、必要悪でもなんでもない。

冷戦期には機能していた政官財学のあらゆる必要悪が、市場から退場命令を受けている。フィクサーのような権力は徐々に無力化されていくだろう。

逆に「不要善」もそのあざとさがインタネットを通じて見透かされ、要らないものになりつつある。例えば、豪華なタレントや美辞麗句満載のブランディングなどは、金をかけても昔ほど効果が得られなくなってきている。アルコールは社会の潤滑油とか、組織の活力の呼び水といった物語も最早おっさんの都市伝説でしかない。

歯の浮くような偽善やポジショントーク、巧言令色はその意図が直ぐに嗅ぎ取られ、華麗にスルーされてしまう。やるだけ無駄なのだ。

オンラインであろうとオフラインであろうと、フェアでないもの、悪いもの、偽りの善は、すべてインタネットによってもたらされたダダ漏れの世界観によって、機能不全に陥っている。

これはつまり、政治の無力化であり、プロパガンダの無効化である。政治と動員をイデオロギーとしてきた欧米の虚構が通用しない時代になってきた。

必要悪とはつまり政治であり、不要善とはつまり宣伝である。人類のこの500年を支配してきた政治と宣伝のプラットフォームが、無価値な無用の長物になりつつある。