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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

合理性のないもの

そもそも、毎日定時に会社に出かけることにもはや合理性はない。皆が出退勤を同期させるのは、工場とかお店ならある程度仕方ないけど、リーマンの定刻出社には合理性がない。

私はウォーキングのつもりで毎日会社に出かけている。つまり、時代の変化で非合理となったことに、異なる意味をつけて無理くり合理に転換している。実際、土日はあんまりウォーキングの歩数は捗らないから、ウォーキングの目的地として会社には行ってもいいかな、という程度だ。

合理性を失ったものが最近ますます増えてきた。東芝のパソコン事業、たった50億円で鴻海に売るらしいけど、ダイナブックを買う合理性なんて全くない。例えば現金。社会が現金を維持するコストは半端ない。現金は手元から離れたらもう取り返せない。海外旅行や晴れ着を現金で買って、相手が破産して商品とお金が返ってこないなんてことも。

私は、合理性のないものとはいっさい争わず、ただ単にスルーすることにしている。難癖も苦言も呈することなく、すぅーっと避けるだけなのである。これを「ミュート」と呼ぶのだと知ったのはツイッターを始めたから。不合理なものを論理で変えることはできない。相手もその不合理は薄々自覚している。だとすれば、回避するしかないではないか。

戦略という合理に反している人々を導いたり諭したりする義理は全くないのである。ましてや相手の気分を害してとばっちり喰らうくらいなら、放置した方がマシなのだ。

社会や組織を変えようと考えない。「働き方改革」なんて必要ない。彼らを放置しておいても全然困らない。争うとは相手の言葉を書き換えることだけど、書き換える価値がないものだとすっかりバレてしまったのが、インタネット以後なのだ。