kindle, 手ぶら, iPhone, 禁酒,ウォーキング,禁煙,断酒,ダイエット

徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

いま何が終わりつつあるのか

『「そのとき思ったわ、私。こいつらみんなインチキだって。適当に偉そうな言葉ふりまわしていい気分になって、新入生の女の子感心させて、スカートの中に手をつっこむことしか考えてないのよ、あの人たち。そして四年生になったら髪の毛短くして三菱商事だのTBSだのIBMだの富士銀行だのにさっさと就職して、マルクスなんて読んだこともないかわいい奥さんもらって子供にいやみったらしい凝った名前つけるのよ。何が産学共同体粉砕よ。おかしくって涙がでてくるわよ。(・・・)」』

上に引用した村上春樹「ノルウェイの森」で描かれる時代は1968〜9年(半世紀前)で、小説が世に出た1987年(30年前)はまだ「三菱商事だのTBSだのIBMだの富士銀行だの」は現実世界で最強に立派な就職先だった。つまり小説と現実は繋がっていた。いまからちょうど50年前の1968年は、フランスの五月革命、プラハの春、日本の東大紛争など世界規模でエリートによる反権力闘争が表面化していた。

でも今は、あらゆるものが権力に丸め込まれた挙句、「一生安泰」だと考えられた世界観も終わりつつある。商社、放送、汎用コンピュータ、銀行……。見事に全部オワコン。潰れてはいないが過去の資産を食って生き延びているっぽくみえる会社ばかり。

もひとつこの引用に出てくるもので現在と非連続なのは、専業主婦や核家族というシステム。「三菱商事だのTBSだのIBMだの富士銀行だの」は、専業主婦や核家族というバックヤードを大前提としたものだった。

「マルクスなんて読んだこともない」人間が殆どになった今年はマルクス生誕200年だけど、日本でいま終わりつつあるのは「会社社会主義」だ。

大学を卒業と同時に一斉に「三菱商事だのTBSだのIBMだの富士銀行だの」に入って60歳まで同じ組織に居座り続ける人生が、ほぼ完全に無効になった。まだ残っていると思われるのは残像に過ぎない。

「大きな会社」そのものが存立する条件が、インターネットによってどんどん失われつつあるのだ。大きな組織とは、要するにインターネットのない時代のインターネットだった訳で、インターネットは需要サイドだけでなく、当然、供給サイドも塗り替えていく。

「大きな会社」で働き過ぎてもな〜んにもいいことないことは確か。アルコールでつながりを維持するのも徒労。なぜなら、もうすぐなくなっちゃうから。