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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

縁故主義国のファシズム

社会縁故主義ファシズムの横溢するジャパン、私がネポティズムのファシズムを感じる「真実の瞬間」をいくつか挙げよう。

①外から丸見えの料理教室。若い女性が殆ど。この学校チェーンの紹介制は、ねずみ講まがいだと指摘されることも多い。「いい女は料理がお上手」みたいなプロパガンダは、悪質である。

「おふくろの味」という言葉は、白物家電が家庭内に浸透し、空いた時間を料理に向かわせようとする料理ビジネス勢力が1970年代に捏造したコンセプトに過ぎない。「おふくろの味」の代表とも言える「肉じゃが」という料理も1970年頃生まれたメニューでしかない。

②幼稚園や小学校の昼時のランチ風景。偏差値の高い学校ほど、子供達の弁当が多様にして一様な「ママの愛情たっぷりお弁当」で満たされている風景。──これこそモメント・オブ・ファシズムだなあ。ナチスのマクダ・ゲッペルズが良妻賢母として優生純血主義のプロパガンダに祭り上げられた史実が、いまは幼稚園のお弁当に化けている、と思う。

日本女性を「大和撫子」と美化する起源は、日清や日露戦争から帰還した兵隊の妻がことごとく間男と姦通していたために、貞淑な女こそ美徳というコンセプトを男達が捏造したと言われている。

③「はたらきかた改革」もファシズムだらけ。例えば、こういう記事とかが典型的。f:id:Mushiro_Hayashi:20180329123653j:image

フレックス制度を入れてるのに、相互監視をやめられない。彼らの監視欲求や近親憎悪を起動している正体も、一種のファシズムである。

はたらきかた改革とか言っておきながら、東ドイツの秘密警察ばりの相互監視バリバリ(笑)

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入社式も不気味な統一がなされている。

この記事にも今昔比較があるけど、昔はこんなではなかった。システムやヒエラルキーへの依存は、森友など見ているともはや国民病ではないか。いわばヒエラルキー依存症である。

ファシズムに利用されないためには、「〜であるべき」という主張をすべて疑うくらいの「自分の頭で考える力」が大切。考えることをやめた人ほど、ファシズムに悪用されている可能性が高い。