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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

課題設定の自由

我々は学校教育で課題解決の方法を学ぶことを禁じられている。

課題は単に上から与えられるものであって、付与の課題を疑うことは禁忌であり、課題解決方法も当然、上から与えられるので、それ以外の「大きな疑問」は‪端から‬封殺されている。

文科省の「おいこら! クソ行政」がニュースになってる。

前川氏講演問題 文科省の質問受けた市教委「授業の内容に踏み込んでの質問、あまり経験ない」

例えば健康食品の「シジミエキス」凝縮剤の「課題」は、「お酒を飲んだ翌日もラクラク働く」に設定されてるけど、そもそも「お酒を飲まない」ことが真の課題設定である。翌日に残るほどお酒を飲んでる時点で、アルコール依存症のとば口に立っていることに気づかない。見たくないものを見ない、愚かな人間である。

或いは、眼肩腰の疲れを取る錠剤なども、疲れの原因特定を看過して「この錠剤さえ飲めば解決する」短絡がある。この短絡は、かつて覚醒剤が合法とされていた時代のロジックと丸で同じである。ヒロポンとは「疲労がポンと取れる」ネーミングである。

人間の疲れの真因は、必要のない「頑張りの強制」や「身分制度に裏打ちされた感情労働」や「同調、相互監視の為の飲酒」であって、シジミエキスや強壮剤の服用は、課題設定の誤りである。

ヒエラルキーの上の方から落ちてくる課題設定は120%間違っている。まずそのことを気づかないと、無理筋な感情労働や、身体を痛めつけるほどの飲酒に緊縛されてしまう。人間の本質的な自由とは、「課題設定の自由」なのであって、特に、誰かに固定費を支払って解決しなければならない「課題」には要注意である。

悪どい課題設定の洗練された一例として、谷川俊太郎が、ある生命保険のCMの為に書いた詩を貼っておく。

「愛するひとのために」

保険にはダイヤモンドの輝きもなければ、カラーテレビの便利さもありません。

けれど目に見えぬこの商品には、人間の血が通っています。

人間の未来への切ない望みがこめられています。

愛情をお金であがなうことはできません。

けれどお金に、愛情をこめることはできます、生命をふきこむことはできます。

もし愛する者のために、お金が使われるなら。