kindle, 手ぶら, iPhone, 禁酒,ウォーキング,禁煙,断酒,ダイエット

徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

「知らない」から「知ったことではない」へ

「走りながら考える」というと最近はポジティブな文脈になることも多いけど、だいたい実は「走りながら考えていない」のではないか。

日本全体、壮大な「走っているだけ」国家になっている。「走っているだけ」だから、見え透いた隠蔽をしたり、書き換えたり、責任逃れしたりするんだろう。

なぜ考えられないのか?  「知らない」からではないか。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

ビスマルクの言葉だが、学問としての歴史を、私は知らな過ぎた。私が歴史だと勘違いしていたのは、国民国家が都合よく捏造した「歴史」であり、大河ドラマの「歴史」であったのだ。こんなものを信じていたから、私は過去に縛られて回り道をした。

I don’t know.(知らない)のまんまでいると、いつまでたっても徴税役人や豪商や家業としての政治屋のやりたい放題である。難しいことやめんどくさいことを必死こいてやらされるだけで、大した権限も、報酬も与えられない。

私の場合、アルコールをやめたことで有効な時間が劇的に増して、否が応でも考えることができるようになった。考えると本が読みたくなる。自分なりの仮説が出るから、世界で通用する知識との差異を読書を通じて確かめたくなる。「無知の知」である。浅はかな思い込みや間違った論理ばかり今まで信じて来たことに気づく。目から鱗が落ちる。

何も見えていなかった、知らなかったことに気づくと、プロパガンダや情報操作の臭いがわかるようになる。日本の常識の多くが、楽して搾取している勢力にとって好都合な捏造であることに気がつく。

そしてやっとこたどり着いたのが、I don’t care! (知ったことではない)の境地である。

メディアや組織から大音量で繰り返し浴びせられる「命令情報」は殆どが無益有害なものだとようやく気付いた。