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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

原因は未来にある

今の地球人のほとんどは、過去に原因があって今の自分がいると思っているんです。
よく「あの時、ああしたから」って、言うじゃないですか。
そうじゃないんですよ。
だって、時間は未来から過去に流れているんですから、原因は未来にあるわけです。未来があって、今、結果が出ているんですよ。──高城剛

鈍器で急襲されるような衝撃を感じる言葉だが、藝術なぞはこれ、その通り。

藝術とは、未来を原因とする結果を、いまここに現出することに他ならない。

「未来に原因がある」という価値は、ビジョンとか理想とか言われるけど、まあさほど難しいことではない。

「未来には私たちはこうなっていて欲しいな」という希望から現在をバックキャストすることこそ、人類が他の動物と異なる点なのである。

  • 原発をやめたら今の豊かさはないですよ
  • 経済成長が出来ないと不幸になりますよ
  • 国家財政がピンチなので増税しますよ

これらは全て、過去を根拠に現在と未来を洗脳する奴らの常套句。

一方で、「原因は未来にある」世界観に立つと、例えば、アルコールなんて、未来にはほぼ確実に現在の覚醒剤みたいな存在になっているはず。ということは、ノンアルコールの生き方とは、未来をいまここに現出することである。

郵便制度なんかも未来には存在しないはずで、郵便を電子化しただけのEメールも、そのうちなくなると己っちは確信してる。だからEメールなんてどうでもいい。

日本社会とは少なくとも、この四半世紀は、過去が現在をガッチガチに規定してきた。受動喫煙防止の規制法制度にしても、要するに厚労省は過去や前例の奴隷であり、未来や理想から現在を形成する基本姿勢や意欲をなくしている。つまり人間未満のクソなのである。

明治維新の頃は「原因は未来にある」と考えて勇敢な社会設計ができていたのに、今は政官財金太郎飴のように、過去に緊縛されて身動きできない。

しかし、あなたは個人として、原因は未来にあり、その結果としての現在を選択することができる。例えばアルコールをやめてみると、そうやって未来を先取りして生きていくことの歓びがわかるだろう。