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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

正しさより損得の社会

日本のAKB48などの集団アイドルに感じることと、五輪ピックの女子フィギュア日本選手に己っちが感じることは似ている。つまり美的なものよりも内輪の政治が優先されて、美的なものが全然足りていない張本人は必死に努力するけど、努力ではどうにもならない虚しさマックスなところが似ている。

フィギュア・スケートって、スポーツではあるけど半分以上は藝術な訳で、技術は何のためにあるかといえば美のためにある。

フィギュアの美とは視聴覚だから、見た目が美しいことは、圧倒的に美という正しさのために重要である。ロシアにはバレエの基盤があるから、美の残酷さが、常識として共有されている。美しくない選手は勝てない、だから容赦なくふるい落とされるという原則が、徹底されている。

日本には、フィギュアなんて美しくない人間がやったって無駄じゃん、という正しさへの冷徹さがない。美という正しさの規格よりも、政治や損得の方が圧倒的に強い。

集団アイドルもフィギュア・スケートも、だから世界に通用しない。

残酷な正しさがなあなあとなり、身内で凝り固まる損得ばかりがまかり通り、最後は自滅する。

スポーツや芸能に限らず、日本では何でもかんでも正しさはスルーされて、政治の損得しか通らない。政治もそうだし、会社なんかも全部そう。正しさは煙たがられ、友か敵かを擦り合わせる政治ばかりが優先される。しかも大量のアルコールとともに。

スポーツや芸能のように、尺度が誰の目にも明らかな世界ですら、負けるのが明らかな勝負でも正しさは捻じ曲げられ封じ込められてしまう。

美しさよりも偉い人に気に入られているとか、誰を推しておくことが得か、そんなことばかりが優先される。