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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

スーパーラショナル、ネオリベラリズム

酒をやめて強まった傾向があって、それがスーパーラショナル(超合理主義)とネオリベラリズム(新自由主義)。ロジカルではないものに丸で興味がなくなり、国民国家による管制が心底嫌になる。これはきっと、酒というものが、合理を麻痺させ、自由を奪うからだろう。

眞子さまの結婚延期、眞子さまの発表された声明文が丸で理解できず、なんで理解できないか考えてみると、長い割に合理が全くない文章だからで、全然書いてある内容に納得ができない。

この眞子さまの声明文の読後感となんか近いのが、己っちの会社の無駄に長い会議や、要領の得ない長いメール。丁寧で時間を費やしているというのに、何が言いたいのか、さっぱりわからない。相手も必死に伝えようとしていることはわかるので、聞き返すことが出来ず、曖昧なかたちで受け取ってしまう。

それから、王制や国民国家みたいな前世紀までの因習にも、丸で意義を見出せない。皇室の人びとは、生まれながらにして自決を制限されているある種の「高級奴隷」みたいで、お気の毒にしか思えないし、民主制でありながら、「象徴としての君主」を頂いている政治制度の無理矢理具合にも、全く納得がいかない。

非合理や不自由というものを、思えば酒をやめてから、丸で許容できなくなってきている気がする。

己っちにとっては、王制や民主制はほとんどアルコールと大差のないものなのである。つまり非合理や不自由はアルコールと大差のないものでしかなく、いっそのことそんなものない方がよっぽどシンプルなのになあと思ってしまう。