kindle, 手ぶら, iPhone, 禁酒,ウォーキング,禁煙,断酒,ダイエット

徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山 千利休

飲み食いの虚構

国民国家や資本主義の「物語」は、広告や映画や連ドラやニュースだけではなく、日々の食いものや飲みものにも容赦なく織り込まれている。

例えば「おふくろの味」の代表メニューである「肉じゃが」の歴史は驚くほど浅い。

なんと「肉じゃが」という料理名称が流通し始めたのは、1970年代なのである(肉、じゃがいも、玉ねぎなどを醤油で煮た料理はもっと昔からあったが)。

「おふくろの味」も、おそらく肉じゃがと同じ70年代からではないか。wikiによれば土井勝が広めたらしい。母から娘への食の継承、なども食品工業企業に好都合な虚構でしかない。

要するに家電の普及と核家族化進行のなかで、専業主婦は空いた時間で、手作りの料理を母から娘へと継承していくのだという物語が、ねつ造されたに過ぎない。

朝5時に起きて子どもに毎日弁当をつくるとか、夕食も新聞や雑誌やNHK「きょうの料理」の凝ったレシピを基につくるとか、これらの神話は、すべて実体のないねつ造であった。

「おふくろの味」や「肉じゃが」は、高度経済成長や家電普及による主婦の不労時間を埋めるためにでっち上げられたコンテンツであって、そんなもの‪本当はなかったのだ。

食だけでなく、酒にも虚構が巧妙に織り込まれている。

代表的な虚構が、毎年成人の日や新年度を狙って発せられる、酒造メーカーによる若者への広告コピーだ。そこで毎年植え付けられるコンテクストを煎じ詰めれば、「厳しくて苦しい社会人には、それでも成し遂げる大きな喜びがあり、苦しい時も楽しい時もアルコールが成就の力になってくれる」ということ。

しかしアルコール本来の事実とは、最近の科学ではアルコールは幹細胞のDNAに不可逆なダメージをもたらすと判明 - GIGAZINEなのである。

物語とは情報であり、情報とは命令である。