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徒手空拳日記

人の行く裏に道あり花の山

ドラマの終焉

今年からテレビのニュースを基本、観ないことにした。AmazonエコーのNHKラジオニュースもリストから外した。

具体的には朝夜7時のNHKニュースとか、21時や22時のニュース。テレビ番組でいま一番観られているコンテンツはニュース番組で、ニュース番組は多くの人に観られる特性故に、その内容の殆どが国民国家の虚構や宣伝によって満たされている。

ほんの少し前まで、国民国家による虚構や宣伝のど真ん中にあったテレビのコンテンツは、ドラマだった。米国においてはハリウッド映画が担っていた国民国家のストーリーテラーの役割は、日本においてはテレビドラマが担っていた。

倉本聰は30代にNHK大河ドラマの脚本を書く大役を降板してしまい、失意の果てに札幌で呑んだくれているうちに、フジテレビで「北の国から」をつくった。脚本家として当時の大河ドラマを降ろされることは、死刑宣告にも近かったのではないか。己っちの想像では、だからこそ倉本聰は「北の国から」というポスト冷戦期を見越した先進的な国民的物語をつくることができたのだと思う。

年末年始のテレビ番組から、ドラマが殆ど消えた。テレビメディアの絶頂期には、各局が競い合って壮大な「国民国家の物語としてのドラマ」を連日放送していたものだ。それがピタリと止んだ。

予算がないのだろう。でもそれよりも本質的には、ドラマがその歴史的役割を終えたのではないかと思うのだ。視聴者はドラマを観ても、国民としてのコンテクストをもう丸で感じられなくなっている。

国民としての世界観や物語は、ニュースやワイドショーのフォーマットにしか生き残っていない。ニュースやワイドショーの主役は将棋や相撲などどんどん閉じており、ビートたけしばかりが跋扈しており、ほぼ全てのテレビコンテンツは老人向けになっている。

己っちは、テレビのニュースはもはやニュースではなく、金のかからないドラマなんだと気づいたので、観るのを一切やめた。

全然困らないし、観ないと自由になれる。楽しい。