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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

コミュ力なんて要らない

文化庁の「国語に関する世論調査」(平成28年度)に「コミュニケーション能力は重要か」という設問があって、「そう思う」と答える比率の年代別スコアを見てみると、なんと20代は「100%重要」と回答していると知って、己っちは胸糞が悪くなった。(文學界11月号「時事殺し」武田砂鉄)

20代ではひとりも「コミュ力なんて要らない」と回答したものがいないとは……。

結論から先に言うと、重要だと信じ込まされているコミュニケーション能力なぞ、そのほとんどが、自ら「役に立つネジになろう」「役に立つ歯車になろう」と生きることを強制されている社会人の、しょうもない符丁みたいなものでしかない。

東京の中学校で、関西出身でもないのにみんながへんな関西弁を使っているのは、吉本のひな壇芸人の真似をしているだけだったりする。

世の中で必要だとされているコミュ力なんてものは、この似非関西弁やテレビやラジオの通販CMに出てくる、妙にハキハキとした司会者の如才ない物言いに近い。彼らのコミュ力は、お為ごかしの、お追従のための擦り寄りでしかない。

日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。(果たし得ていない約束、三島由紀夫)

三島がそう喝破したのはもう半世紀前のことであって、その後の情報技術の発達によって、私たちは社会で必要とされたコミュ力などもはや全然なくても生きていける時代になった。それなのに若い人ほど、コミュ力は100%重要だといまだに信じ込んでいるとは。

きっと三島の予感した「或る経済大国」は、もうすでに極東の一角から消えてしまったのだ。

己っちにはそのことが本当におそろしい。

文學界2017年11月号