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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

未必の故意

己っちが毎朝通っているジムは昔は銀行だったのだけど、支店の統廃合でスポーツ・ジムになった。日本の銀行そのものが本質的にはもはや丸で要らないので、これからもこういう鞍替えがじゃんじゃん起きるだろう、楽しみだ。

トレッドミルでウォーキングする間の暇っつぷしにAmazonプライムで観た『凶悪』という映画で、悪い奴らが借金まみれの老人に保険金かけて、じゃんじゃん酒を飲ませて病死させようとするシーンがあって、これってアルコールの本質だなあと思った。

凶悪

つまり、アルコールとは、恰も本人は自由意思で飲んでると思い込まされているが、実は誰かの思惑により「飲まされている」ものだということだ。

飲酒の自由意思とは作為者の逃げ道のカタチばかりであり、実体は緩慢なる他殺である。因みにアルコールが原因の国内死者数は、年間で35000人という試算もある。

では一体、酒飲みは誰にゆっくり殺されているのか?

この映画みたいな、凶悪な人間に狙われて酒で殺される人は成る程少ないだろう。多くの場合は、本人は生真面目で善良と信じて疑わない人々が、明確な殺意もなく酒で他人をゆっくりと少しずつ殺している。

「ちょい飲み」「酒場放浪」「朝から飲める」「せんべろ」「酒場巡礼」などなど、アルコール依存症へのトリガーとなる逃避酒、孤絶酒を生き方、ライフスタイルにしようとする輩の魂胆に黒い悪意を感じる。

アルコールのダンピングやボトムレス(飲み放題)は今すぐに法的規制をかけるべきだし、24時間の野放図なアルコール販売は、やめるべきだ。

日本では、自殺と認定される死者数よりもアルコールによる他殺の死者数が多い。