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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

フェイク人生

昨年の米国大統領選挙から一気に広まった「フェイクニュース」という言葉、新しいようでいて内実は古くからある。

昔の言葉で言えば、国民国家によるプロパガンダであり、民衆発のデマであり、マスコミによる偏向である。

電報通信や放送しかない時代であれば、国民国家によるプロパガンダやマスコミの偏向報道で世論を完全にコントロールできたし、民衆のデマはあるにはあったがなにせ拡散は口伝てでしかなかったから、滅多に炎上までには至らなかった。

「社会人」とは己っちに言わせれば、プロパガンダや偏向報道によってでっち上げられる「フェイク人生」に過ぎない。

国民国家や開発独裁にとって好都合な人生である。権力や財力を持つ者がほしいままに人々を使い倒すための洗脳なのである。

徹底的な相互監視と同調圧力で社会を満たして、僅かな報酬で生真面目に勤労しなければ、生存インフラから排除されてしまう空気を作り出す狡猾なマインドコントロールである。

親、教師、先輩、上司、資本家、政治屋、官僚といった存在への徹底的な恭順の為に、「清き社会人」という虚ろなモデルが糊塗されてきた。

人生とは‪端から‬苦しいもの、厳しいものと徹頭徹尾刷り込まれて、常に社会人として「精進」しなければ、阻害されてしまうぞと脅される。

朝から晩まであらゆる組織でフェイク人生こそが正しい人生と叩き込まれる。

流石に夜になると洗脳にも疲れ果てて来るので、鎮静麻薬であるアルコールの力を借りて、「人生は苦しい、厳しいだけじゃない」とか「君は手駒などではなくかけがえのない仲間」とか「社会人の人生こそが生きるに値する喜びの道」といった昼間の抑圧とは真逆の躁状態に急転換される。しかしアルコールが脳から抜けるとまた殺伐とした相互監視に元通り。

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