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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

ネオリベラリズム不在

三連休もひたすら文字通り休んだ。休むというのは、死に向かってただただ放たれた屁と同じように成り行き任せ、風任せに生きることである。

明日公示の衆院選、三極(笑)とかなんとか言ってるけど、己っちからすれば「極」なんていう見立てはちゃんちゃらおかしな茶番でしかない。

もうこの時点で己っち、一切の関心を失っているのだった。

政治屋というお猪口のなかには、もうとっくに思考停止の自称「保守」と行き場を失った自称「リベラル」しかおらず、そのどちらもクソだからだ。

己っちが僅かに可能性を感じているネオリベラリズムは、このしょうもないお猪口の枠の外にしかない。

例えば「Amazon党」みたいなものは実在しないけれど、既に影響力としてはどんな政治屋よりもAmazonのほうが影響力がある。

ネオリベラリズムとは、ざっくりいうと国民国家を基本的に信用しない立場である。国民国家なんていう古臭いフレームはもはやなんの役にも立たないので、国民国家による経済、教育、軍事などへの信託そのものがお笑い草なのである。

国民国家ヒエラルキーが失効しつつあり、日米合同委員会のオペレーターに過ぎない行政官僚も、官僚どものカタチだけの頭である政治屋も、殆ど打つ手なしというのがいまの状況である。

自民党にしろ希望の党にしろ、背後には面妖な古臭いカルト組織が存在しており、どっちになっても結句、亡霊勢力に過ぎない。

己っちからみると、今回の選挙とはまさに「権力の終焉」を導く選挙になるのではないかと思う。まともな人間がクソな政治から離反して、古い政治ヒエラルキーの枠組みの外へと退出してしまう契機となるのではないか。1993年、2009年のようなことは起こらない。政治屋そのものが壊れる契機となる。

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