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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

自由人か奴隷か

あらゆる人間はあらゆる時代と同様に、今でもまだ奴隷と自由人とに分かれている、なぜなら、自分の一日の三分のニを自分のためにもっていない者は奴隷であるから。そのほかの点では、たとえ彼が政治家・役人・学者など何者であろうとしても同じことである。

これは、ニーチェの言葉。

昨日今日と、テレビに出まくっている政治屋さん各位もまた、ニーチェのこの言葉に照らせば、権力欲の奴隷である。

もちろん安い給料で、ひたすら朱子学カルト社会人として汲々と生きているのもまた、自由人か奴隷といえば奴隷である。とにかく元気で明るくないと上から評価してもらえず、ノリもよくないと仲間から嫌がらせも受けちゃう。

下手をすると24時間の半分以上をしょうもないチンコロ感情労働に費やしている人間も、ごまんといる。

社会人という奴隷の多くは、アルコールの奴隷も兼ねている。例えば10時間働いて、そのまんま同僚と3時間酒を飲み、帰り道でコンビニで酒を買って帰宅して小一時間飲み足したとすると、翌朝の数時間も更に使い物にならなくて、自分の一日を殆ど持たない人間となる。

自分の時間がないということはつまり、自分のことについて考える時間がないということに他ならず、それはつまり奴隷なのである。

目的を持てとか、この世は辛いことばかりとか、厳しさに耐えてこそ成長があるだとか、その種のマントラは、人間を奴隷に仕立て上げるための呪詛に他ならない。子供の頃から徹底的に刷り込まれて、死ぬまで洗脳にまったく気づかない愚か者もめちゃくちゃ多い。

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ニーチェ