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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

三無主義

社会人という生真面目なカルト集団とそいつらの聖水であるアルコールを毛嫌いして生きている。

社会人が信じ込んでいる価値観を己っちは完スルー、「三無主義」として徹底している。

まず第一に「無目的」

生きることに目的などない。生きることに目的がなければならないと信じ込まされるのが、学校であり会社、つまり社会である。人間なんて屁と同じ、一度この世に放たれたら、藻屑と消えるまでエントロピーの拡大のまんま漂うのみであって、屁が目的を持つなんて、ちゃんちゃらおかしい。比喩ではなく、人間は屁と同じだから、生きる目的なんて要らない。生きる目的なんてものを考えるから、アルコールにつけこまれるのだ。

第二に「無努力」である。頑張ったって仕方ない。「まじめ、まじめ、カルト」な社会人ほど、なぜか「精進」という言葉が大好きで、挨拶とか年賀状なんかで矢鱈と使いやがる。しかし日本の社会人の仕事など、誰にでもやれる作業ばかりで、精進なんて大げさなものはこれっぽっちも要らない。

「精進」を好んで使う奴らの本意とは、「目上のあなたに徹底して無私無欲で服従を誓いますよ」なのだ。己っちは「精進」を使う社会人を、軽蔑してる。

最後は、「我慢なし」である。

嫌なものは嫌だと正直に生きる。朱子学カルトとは、我慢を価値にすり替える詐欺であって、我慢を美徳とすること自体が、権力者に都合の良いものである。

己っちは嫌なことはきっぱり断る。断るとは交際を絶つということで、それはつまり、余計な社会人との交際を完全に絶って、心身とも自尊、自律して生きていくことである。

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