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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

「神対応」という反吐の出る言葉

朝、ジムのTVにワイドショーが映っている。音はないんだけど超ウザい。

沿線火災で小田急が火災現場のど真ん前に横付け停車、車両に燃え移ったとのことで、大騒ぎしてる。

今時、ぽっぽ屋なぞにいる人はこの世で最も寄らば大樹の陰の「ご立派な社会人」なので、自由な個人判断がとっさの場面でも丸で出来ない。何しろ、失敗しなければ一生安泰な朱子学カルトだ。

独断で車両を動かして後で怒られるよりは、延焼→車内蒸し焼きを招いてしまう組織の病人である。

「いつも元気に、空気を読んでちょっぴりエッチにもなり、ただただ無私無欲で生真面目に一生懸命検討しましたが、上からの移動指示がなかったので、社会人として何も判断致しませんでした。なぜなら、独断で動かせば二次的な事故の可能性もあり自責ゼロとは言い切れなかったからです。いつも元気、時には空気を読んでちょっぴりエッチにもなり、徹底して組織に他責チンコロしておりますゆえ、独断などめっそうもない、とんでもないことでございます、へえ」と悪びれず答えているはず。

しかし逆にこのぽっぽ屋が、咄嗟に判断して車両を退避させていたら、「神対応」などとクソ言葉で今度は騒がれていたのだと思うと、どっちにしろ暗澹たる思い。

命令や指示ではなく個人判断で対応することが「神対応」ならば、この火元横付けのぽっぽ屋は「人間だもの、しょうがない対応」なのか?

自由な個人が、オリジナルな対応を果敢に行うことが当たり前であって、そんなもの神でもなんでもない。社会人とは、組織に半殺しにされたカルト気狂いに過ぎないのだ。

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