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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

盆踊り不要論

最近の盆踊りや夏祭りはプロのテキ屋が排除されることが多いようで、その分地域住民に要らぬ負荷がかかる。年に数回とはいえ慣れない焼きそばを大量につくるなど、考えただけでも気が遠くなる。そうやってたまにつくる焼きそばが、美味しい可能性は低い。

だったらテキ屋を入れた方が「三方良し」ではないか。小悪にムキになって必要以上にクリーンにしようとして、お互いが不幸になる構図の典型。

町内会などは戦中隣組の名残であって、祭りは相互監視と同調圧力のリトマス紙そのもの。近所の手前仕方なく、せっかくの休日をお手盛りの屋台係に駆り出されるなんて、本当に反吐が出る。

ど素人による臨時屋台よりも、すぐ隣の「不夜城屋台」セブンイレブンで売ってるものの方がはるかに安くて美味しい事実を直視すべきではないか。

そもそも地域の祭りなんて、今でも本当に必要なのだろうか。祭りっぽいことをありとあらゆる町内でやっているのを見ると、塵も積もれば壮大な無駄の山としか見えない。血縁も地縁も朱子学カルト支配が根深い。

更にうがった見方をすれば、こんなものは、単に酒を飲む為の口実なのではないか。地域住民交流とは名ばかりの単なる集団アルキメ・イベントに思えてしまう。

花火大会も、もとは爆弾用の火薬在庫を処分する為だったのに、なんで今でも行政が税金を使ってこんなイベントやってるのか意味不明である。道楽の少なかった戦後の頃ならまだしも、もうすべて民間に任せるべきだと思う。

 例えば隅田川花火大会などは入札で民間に売り渡したらどうだろう。ダイナミック・プライシングで見物を有料化したり、プロの面白い屋台が話題を競い合う花火大会の方が、よほど建設的ではないか。

蛇足だが、この「テレビ盆踊り」も不要だと思う。バッキバキの朱子学カルトは面妖のひとこと。募金額ももはや半減とのこと、そろそろ潮時ではないのか。

24時間テレビの募金額が激減 ここ数年で最も少なく昨年より1億円以上減る | ゴゴ通信

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