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徒手空拳日記

持たざる移動を追い求める手ぶら評論家。 手ぶらを、いつか当たり前のウォーク・スタイルにする。 人の行く裏に道あり花の山(利久)

友敵問題の放棄

そもそも人間とは、他人や社会が嫌いな動物である。渋々つくられるしょうもない社会と、適切な距離をいかにして取るかに知性が試される。

民主制をまるで信用していない己っちからすれば、政治屋さんは所謂「テレポリティシャン」ばっかりで嫌になる。

都知事なんぞは歴代ずっとテレポリティシャン。有権者という無能集団が、テレビタレントの「あがり」としての政治屋さんしかその代表を選べないところに、民主制の根本的な欠陥がある。

テレポリティシャンがなんで嫌いかといえば、奴らは政治に対して芸能タレントと同じ原理の政治モデルを当てはめるからで、カール・シュミット的な友敵闘争ばかりに明け暮れるからである。

要するに、集団でぶっ叩く共通敵を作って、仲間とそれ以外を分ける、20世紀のやり方である。

ヒトラーがユダヤ人を敵としたのと、原理は丸で変わらない。

己っちからすれば「友も敵もつくらない」ことが最善の道だ。友敵を作らない為にこそお金は使いたい。つまり友か敵になりそうな貸し借りを、金で解決するのである。

最悪なのは、友敵の共有が目的となる酒席である。他人の悪口は蜜の味、アルコールの肴として友敵をはっきりさせても、結局のところ友敵問題というのは物凄く時間を無駄にする。

己っちなぞは、楽して食い物にありつけるこのいまこそ理想の余生であり、アルコールというソーシャル・ドラッグからも自由になって、政治から解脱、野生動物として生きる歓びを満喫しているから、友敵はもう丸で要らないんである。

友敵は、他所でやってくれ。